2023年8月25日 Lab.Firstを公開しました。

蛍光色素の発展の歴史 (Part 2): CF® Dyes(Clear Fluor)で鮮明な蛍光を実現

Tech Info

Part 1 では蛍光色素の歴史を振り返り、CF® Dyeが誕生するまでの歩みを紹介しました。
Part 2では、蛍光の基本原理と、CF® Dyeが次世代の蛍光色素として位置づけられる理由を解説します。

Eric Torres, PhD

Cosmo Bio would like to acknowledge and thank the Biotium, Inc. for providing “CF® Dyes. What started it all? Part 2. The Chemistry of Fluorescence)” information presented here.

蛍光の原理

図1. 蛍光分子の励起と発光を示すJablonski図

fluorophore(蛍光分子)とは、ある波長の光を吸収して励起され、異なる波長の光を放出する分子のことです。このプロセスは Jablonski図 によって説明されます(図1)。

蛍光分子が光子を吸収すると、分子のエネルギー状態は安定した低エネルギーの基底状態(S0)から、不安定な高エネルギー準位へと励起されます。ナノ秒以内に一部のエネルギーは非放射遷移によって失われ、分子はより低エネルギーで準安定な励起一重項状態(S1)に落ち着きます。その後、分子は基底状態(S0)に戻るときに光を放出します。この放出される光は吸収された光よりも低エネルギーであるため、波長は長くなります。この吸収と放出の波長の差はストークスシフトと呼ばれます。

明るさの測定方法

分子の「明るさ」は、モル吸光係数(ε) と 量子収率(Φ) の2つの指標によって決まります。モル吸光係数(ε)は、ある波長の光をどれだけ吸収できるかを示す値です。量子収率(Φ)は、吸収された光に対してどれだけの光が蛍光として放出されるかの比率を表します。したがって、蛍光の明るさは以下の式で表されます:
Brightness = Φ × ε

しかし実際の明るさは単純ではなく、蛍光特性は環境に大きく依存します。たとえば、色素ータンパク質の結合によって非蛍光性の凝集体(H-アグリゲート)が形成されると、蛍光は大きく弱まります。この効果は1つのタンパク質に結合する色素の数が多いほど顕著です。そのほかにも、溶媒の種類、色素の濃度、pHなどが蛍光挙動に大きな影響を与えます。

生物学における蛍光│デリケートなバランス

明るさは重要ですが、それだけでは不十分です。実際の生物学研究で蛍光を利用する際には、光安定性、化学的安定性、背景蛍光の制御など、複数の要素を同時に考慮する必要があります。

ここに化学者の難しさがあります。ある特性を改善する修飾が、別の特性に悪影響を及ぼすことが少なくないのです。たとえばスルホン化は、分子に負電荷を与えて溶解性を高め、凝集を防ぐ効果がありましたが、一方で非特異的な結合や背景蛍光を増やす副作用も伴いました。つまり、特性間のバランスは常に微妙で、トレードオフの解決が課題となっていたのです。

Biotium社はこの限界を克服するため、新しい分子修飾に取り組みました。その成果がCF® Dyeであり、従来のCy®やAlexa Fluor®に比べて高い明るさ、優れた光安定性、そして良好なシグナル対ノイズ比を実現しています。次に、CF® Dyeを特徴づける2つの修飾について説明します。

PEG修飾│スルホン化の課題を克服

2007年、Biotium社の化学者たちはスルホン化の課題を解決するために、ポリエチレングリコール(PEG)修飾を導入しました。PEGは非免疫原性で水溶性が高く、生体内でも不活性なポリマーとして知られています。PEGを導入することで、スルホン酸基の負電荷が部分的に遮蔽され、非特異的結合や背景蛍光が減少することが分かりました。

さらに、PEGはかさ高いため色素分子同士の凝集を防ぎ、量子収率と蛍光強度を高めることにもつながりました。また、PEG修飾によって溶解性がさらに改善され、生体内イメージングに適した特性が得られるようになりました。

現在では、多くのCF® DyeがPEG修飾とスルホン化を組み合わせることで、それぞれの利点を最大限に活かしています。

図2. シアニン色素の進化とPEG修飾の模式図

長波長(赤)方向への拡張

2009年、Biotium社はローダミン色素を基盤とした新しい修飾を開発しました。ローダミンはフルオレセインに比べて光安定性が高く、pHにも安定で、より長波長の蛍光を持ちますが、600 nmを超える近赤外領域には届きませんでした。一方、シアニン色素は近赤外での発光が可能ですが、光安定性や溶解性に問題がありました。

研究者たちはローダミンの構造の中で、タンパク質との結合に用いられるベンゼン環に着目しました。この部分をイミダゾール基に置換すると、発光波長が30~60 nm赤方にシフトすることが分かりました。この修飾により、ローダミンは本来の光安定性と化学的安定性を保ちながら、近赤外領域まで拡張可能となりました。さらに溶解性も向上し、明るさと生体適合性が改善されました。

こうして誕生したCF®680Rは非常に高い光安定性を持ち、STORMや3D超解像顕微鏡といった光安定性が重要なアプリケーションにおいて理想的な色素となりました。

図3. ローダミンーイミダゾール置換の模式図

CF® Dyesでより”鮮明”な蛍光へ

CF® Dyesという名称は、もともと「Cyanine-based Fluorescent dyes(シアニン系蛍光色素)」を意味していました。しかし10年以上にわたる開発の中で、ラインナップは紫外から近赤外に至るまで幅広い波長をカバーし、さまざまな骨格を持つ色素を含むようになりました。

そのため現在では、CFは「Clear Fluor」、すなわち「鮮明な蛍光」を意味するものとして位置づけられています。研究者が複雑な生物学的系を正しく理解するためには、明瞭で信頼性の高いシグナルが不可欠です。CF® Dyeは優れた明るさと光安定性、生体適合性によってその信頼に応え、蛍光研究をリードします。

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