2023年8月25日 Lab.Firstを公開しました。

前編)創薬開発におけるRNAシーケンス

Tech Info

創薬・開発研究は、非常に緻密かつ長期間のプロセスが必要になります。創薬研究では、複雑なヒトの生物学をさらに解明し、効果的な治療法への道を加速させる革新的なツールを常に模索しています。RNAシーケンス(RNA-Seq)は創薬・開発研究において重要なツールとして注目を集めています。本稿では、RNA-Seqが創薬と開発にどのように革命をもたらしているかについてを考察します。さらに、創薬研究に最新の情報を組み込む利点を紹介しつつ、RNAのキネティクス(動態)に関する情報を得るためにRNA-Seqと組み合わせて使用できる、創薬研究に変革をもたらす可能性のある技術に焦点をあててご紹介いたします。

Cosmo Bio would like to acknowledge and thank the Lexogen GmbH for providing “RNA Sequencing in Drug Discovery and Development” information presented here.

一般的な創薬・開発プロセスとは?

創薬研究は、適切な医薬品が入手できない疾患または病態がある場合、または既存の医薬品が最適ではない場合に開始されます。新薬の最初のアイデアから臨床応用までの開発は、医薬品が一般に提供される際に安全で有効であることを確認するために、確立・定義されたパイプラインに従う複雑なプロセスです (Hughes et al., 2011)。

新薬の開発は通常、5 つの段階で構成されます (Singh et al., 2023)

  1. Pre-Discovery Stage:
    病気を引き起こすメカニズムを理解し、新たな洞察を得て、病気の影響を停止または回復させる可能性のある薬剤を設計できる可能性のあるターゲットを絞り込むための基礎研究が行われます。
  2. Drug Discovery Stage:
    対象となる疾患を予防または回復(少なくとも症状を緩和できる)可能性のある分子(通常は低分子)や生物製剤、代替治療戦略を探索します。
  3. Preclinical Divelopment Stage:
    候補薬剤の作用機序の解明、毒性(副作用又は有害作用)の検討、様々なin vitro及びin vivoモデルにおける有効性の検証、最適な用量及び投与経路、投与開始時期の決定に焦点があてられます。
  4. Clinical Stage:
    候補薬剤がヒトを対象に研究されます。これには、候補薬剤が様々なグループ(性別、人種、民族など)にどのような影響を与えるか、他の薬剤や治療法とどのように相互作用するか、また、その有効性がどのように比較されるか、などを検証します。
  5. Review
    候補薬剤が医薬品として認可される(またはされない)間の審査、承認、市販後のモニタリングの段階です。

創薬におけるRNA-Seqの重要性

ゲノミクスは生物のゲノムの静的な見方を提供するのに対し、トランスクリプトームは細胞内のRNA分子のコンプリートセットで、遺伝子発現の動的な全体像を明らかにします。この遺伝子発現の動態の理解なしでは、あらゆる疾患のメカニズム、薬物反応、及び患者間のばらつきを理解することができません。次世代シーケンス技術の最前線である RNA-Seq は急速に進化し、トランスクリプトーム プロファイリングと遺伝子発現解析のための貴重なツールとなっており、次世代の治療法の開発おいて、非常に重要な役割を担っています。RNA-Seq は、新しい機能遺伝子の発見に役立ち、特定の組織または細胞遺伝子の空間的および時間的発現に関する洞察を提供し、低分子 RNA の探索を可能にします。これらは全て、今日の診断や薬剤スクリーニングなどで広く使用されています。Bulk RNA-Seq に加えて、シングルセル RNA-Seq は、創薬と開発、特にがんの研究とがん治療法の開発において、様々な用途での利用が報告されています。

それでは、創薬と開発における RNA-Seq の応用例をいくつか見てみましょう。

RNA-Seq は疾患の分子メカニズムの解明に役立つ

RNA-Seq は、差次的に発現された転写物を検出し、疾患の新しい分子機構を明らかにすることができます。新薬の開発において、疾患の分子機構の発見は重要な前提条件となります。例えば、RNA-Seqは、がん遺伝子に駆動される異なるトランスクリプトームプロファイルの同定に役立ち、それによってがん治療の潜在的ターゲットの同定を可能にしました(Yang et al、2020)。

ターゲットの発見と選択におけるRNA-Seq

潜在的な薬剤標的遺伝子の特定は、薬剤開発において重要ではありますが、困難なステップです。RNA-Seq はこのプロセスの中心であり、疾患において重要な役割を果たす遺伝子と経路の解明に役立ちます。さらなる研究のために薬剤が選択された場合、RNA-Seq を使用して、薬剤によって誘発される遺伝子発現のゲノム全体の変化を検出することもできます (Yang et al., 2020)。現時点では、一次および二次の薬物標的を理解することは、新しい治療法の開発の可能性に大きく貢献するため、非常に重要です。ここで、RNA-Seq のアプリケーションの 1 つである時間分解 RNA-Seq が登場します。これは、一般的な RNA-Seq アプローチでは、一次薬物効果と二次薬物効果を適切に区別できないためです (参照:創薬プロセスにおける時間分解RNAシーケンスの重要性)。

バイオマーカー発見におけるRNA-Seq

バイオマーカーは、疾患の存在、進行、または重症度を明らかにできる指標であり、早期診断に役立つだけでなく、医薬品開発の潜在的なターゲットとしても機能します。トランスクリプトームの分析により、発現プロファイルが特定の疾患と相関する遺伝子を正確に特定することができるため、RNA-Seq はバイオマーカーを同定するための強力なツールになります。例えば、がんの研究において、RNA-Seqは、がんの進行、再発、治療効果の予測をするものを含む、いくつかの種類のがんバイオマーカーの発見において非常に重要であることが証明されています(Ergin et al.,2022)。

がんバイオマーカーの好例は遺伝子融合であり、これは悪性腫瘍を促進するため、個別化治療の新しい標的として有望です。融合遺伝子は、急性骨髄性白血病の治療標的として報告されています。がんの主要な要因である再発性遺伝子融合が、乳がんと結腸直腸がんで発見されています。融合遺伝子の発現は全トランスクリプトームシークエンシングによって検出できますが、臨床サンプルでは主に、選択した転写産物についてより深いシークエンシング深度を達成できる標的 RNA シークエンシング法である RNA-CaptureSeq アプローチによって検出されます。RNA-Seq により、別のグループのがんバイオマーカー、例えば、 miRNA などの低分子 RNA、およびさまざまなnon-cording RNA、lnRNA、circRNA が発見され、これらはすべて、異なるタイプのがんに存在します (Mercer et al., 2011; Ergin et al., 2022)。

RNA-Seq は薬剤耐性と感受性に関与する遺伝子の特定に役立つ

化学療法は現在、多くの種類のがんに対する治療のゴールドスタンダードとされていますが、化学療法薬剤耐性が生じることで、治療がうまくいかない場合もあります(Khatoon et al., 2014; Yang et al., 2020)。

RNA-Seq は、疾患がどのようにして発症するのか、なぜ薬剤の影響を受けるのかを特定し、新しい転写産物やスプライシング イベントを特定するのに役立つため、薬剤耐性に関連する遺伝子の同定にも利用されます。例えば、トリプルネガティブ乳がん(TNBC)は、治療が非常に難しいがんの一つとして知られています。3 種類の受容体 (エストロゲン受容体 (ER)、プロゲステロン受容体 (PR)、ヒト上皮成長因子受容体 2 (HER2)) の欠如、分子の多様性が高いこと、および薬剤耐性が強いため、一貫した治療結果を得ることができません。ある研究(Shaheen et al., 2018; Yang et al., 2020)では、RNA-Seq を使用して、JQ1 およびデキサメタゾン療法後の 2 つの異なる TNBC 薬剤耐性細胞株の差次的発現遺伝子とその生物学的機能を決定および分析しました。 そしてその結果は、サイトカイン-サイトカイン受容体相互作用経路の発現に有意差があることを示し、TNBCを治療する薬剤の開発に新しいアイデアを提供しました。

薬剤耐性の制御におけるマイクロRNA (miRNA) の役割は広く受け入れられています。Small RNA-Seq または microRNA-Seq は、薬剤耐性細胞と非耐性細胞の間で miRNA 発現プロファイルを比較できるため、薬剤耐性を促進する潜在的な miRNA を同定するのに最適なツールです。ドキソルビシン (DOX) に対する耐性は、肝がんの効果的な治療を妨げる一般的な障害です。Zhangらは、肝細胞癌(HCC)のDOX耐性におけるmiRNAの役割を検討しました。HCCは、DOXに対する耐性が増大しつつある致死性のウイルス誘発性がんであることが示唆されました。RNA-Seqを用いることで、どのmiRNAがモデル細胞型でダウンレギュレーションされているか、またどの機能的パスウェイに関連しているかを決定することができました。本研究はmiRNA発現プロファイルの一般的な説明を提供するとともに、さらなる研究において、DOX耐性を克服する治療を支援する可能性のあるmiRNAの探索、薬物耐性を回避する新しい薬剤の開発の可能性を広げました(Zhang et al.2013)。

RNA-Seqは薬物毒性の評価に有用である

薬物の副作用は重大な障害であり、多くの薬物が臨床試験で失敗する理由となっています。トランスクリプトミクスを含む様々なオミクス技術は、薬物効果に関与する生物学的メカニズムを理解するために、より日常的に使用されています。RNA-Seq は、薬物によって引き起こされる遺伝子発現の変化をモニタリングし、潜在的な薬物副作用に関する貴重な情報を提供します。薬剤による悪影響を最小限に抑えるために製剤の最適化や、薬物毒性の理解と評価に役立ちます (Nguyen et al., 2022)。

薬剤のリポジショニングにおけるRNA-Seq

新薬の開発は時間と費用がかかる作業であるため、臨床研究では、さまざまな症状の治療に可能性がある薬剤を再利用するために多大な努力がなされてきました。RNA-Seqは、トランスクリプトームのプロファイリングと治療標的のスクリーニングを可能にすることによって、これらの取り組みをサポートすることができます。成人急性骨髄性白血病(AML)の治療標的をスクリーニングした研究の例では、AMLは20を超えるサブタイプを有する非常に不均一な病態であることが知られています。著者らは、当初、乳がん治療のために開発されたムブリチニブ(mubritinib)を用いて、200の一次検体を調査し、低酸素のトランスクリプトーム的特徴を示す化学療法剤感受性AMLがmubritinibに耐性を示すことを明らかにしました。また、mubritinibは特定のがん細胞の死を引き起こす可能性があることも明らかになりました(Saini et al.,2017; Yang et al.,2020)。

ゲノム薬理学(Pharmacogenomics)

ゲノム薬理学は、個々の遺伝子が薬物に対する応答にどのように影響するかを研究する学問であり、RNA-Seqに大きく依存しています。遺伝子発現パターンを調べることで、薬剤の投与量を最適化し、副作用を最小限に抑えながら治療効果を高めることができます(Khatoon et al., 2014; Xu et al., 2016; Yang et al., 2020)。

創薬プロセスにおける時間分解RNAシーケンスの重要性

従来のRNA-Seqでは、サンプリング時にトランスクリプトームのスナップショットのみを取得することができ、時間の次元が追加されません。また、包括的な定常状態のトランスクリプトーム解析は可能ですが、薬物治療などのさまざまな細胞摂動に対する転写応答を調べる能力は、メッセンジャー RNA (mRNA) とタンパク質の半減期の多様性によって制限されています (Herzog et al.、2017)。 細胞のトランスクリプトームに対する薬物の効果を調べる実験を計画していると仮定し、薬物処理後に試料を採取する時点を選択する必要があります。例えば、初期の時点でサンプリングした場合、発現した転写産物の検出可能な変化は必然的に短命のものに偏りますが、後期の時点でのサンプリングでは直接的な効果と間接的な効果、すなわち一次の薬物効果と二次的な薬物効果を区別することはできません。ここで、時間分解 RNA-Seq が活躍します。

時間分解 RNA-Seq または時間分解 RNA プロファイリングは、生体サンプル中の RNA 存在量を経時的に観察できる RNA-Seq の応用であり、RNA の動態の研究を可能にします。

さまざまな転写産物の発現のタイミングに関する情報を組み込むことで、試験対象の薬剤の一次(直接)効果と二次(間接)効果を区別できるため、創薬および開発パイプラインにとって真の変革をもたらす可能性があります。これは、複雑な調節ネットワークの解明と、有効性を高めるための組み合わせ効果の予測に役立ちます。

後編に続く

■参考文献

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