岡本 一男 / Kazuo Okamoto
金沢大学がん進展制御研究所 免疫環境ダイナミクス研究分野・教授
金沢大学 新学術創成研究機構 免疫ネットワーク研究ユニット ユニットリーダー

(前編)骨免疫学 / Osteoimmunologyはコチラ
2. オステオネットワーク〜骨を中心とした多臓器制御ネットワーク〜
骨は内分泌系や神経系、そして免疫系など高次生体システムから複雑な制御を受ける。骨がミネラル代謝の中心として働き、また造血器として免疫系を制御していることを考えると、骨は全身臓器に影響を与えうる器官としてみなすこともできる。それだけに留まらず、近年骨由来の液性因子が他臓器を制御することが報告されつつある。全身の様々な臓器・組織が骨に働きかけ、そして骨は他臓器に影響を及ぼす。こうした「骨を中心とした多臓器制御ネットワーク」という考え方として、オステオネットワークという言葉が使われ始め、注目を集めつつある。
2-1. 骨由来のリン濃度調整因子 FGF23
骨が産生する他臓器制御因子の代表格がFGF23である。FGF23は骨細胞から産生され、低リン血症性疾患の惹起因子として同定されたリン調整ホルモンである。体内のリン濃度が上がるとFGF23産生が誘導される。FGF23は腎近位尿細管でのナトリウム‒リン共輸送体の発現を低下させることでリン再吸収を抑えるとともに、1,25(OH)2D 濃度低下を介して腸管リン吸収を抑制することで、血中リン濃度を低下させる18。FGF23関連低リン血症性くる病・骨軟化症は、過剰なFGF23活性によるリン濃度の低下が原因で引き起こされる疾患であり、骨の石灰化障害を呈する。近年抗FGF23抗体ブロスマブが開発され、FGF23関連低リン血症性くる病・骨軟化症の治療薬として使用されている。
FGF23関連低リン血症性くる病・骨軟化症は先天性と後天性に分類され、先天性ではFGFR1やPHEXなどFGF23シグナルに関わる原因遺伝子が同定されている。一方、後天性の主な要因は腫瘍である。異常にFGF23を産生する腫瘍が原因で、体内のリン濃度が慢性的に低下する(腫瘍性骨軟化症)。最近、腫瘍が検出されず原因不明の後天性低リン血症性骨軟化症の一部が、PHEXに対する自己抗体によって引き起こされることが判明した19。ここでも骨と免疫系の意外な関係性が発見され、内分泌疾患として認識されてきた骨軟化症の新たな理解に繋がった。
2-2. オステオカルシンによる他臓器制御
骨芽細胞が産生する非コラーゲン性タンパク質のオステオカルシン (osteocalcin: Ocn)に纏わる研究は、他臓器を制御する骨因子が注目される契機となった。Ocnはグルタミン酸残基がγ-カルボキシル化(Gla化)を受けると、ヒドロキシアパタイトと強く結合し骨基質中に蓄積される。KarsentyらはOcn欠損マウスを用いて、非Gla化Ocnがホルモンとして働き、膵臓と脂肪に作用して糖代謝を調節することや、精巣に作用してテストステロンの産生を促進すること20、筋肉に作用してグルコースと脂肪酸の取り込みを促進することなど21を発表している。しかしながら2020年に小守らとWilliamsらは、個別に作製したOcn欠損マウスを用いて検証した結果、骨糖代謝やテストステロン合成、筋肉量は野生型と同様に正常であり、上記のような他臓器の表現型は認められないことを報告した22, 23。小守らはOcn欠損マウスの骨の表現型から、Ocnはコラーゲン線維に沿ったアパタイト結晶の配向に必要であると示している。Karsentyらは他にも、胎仔期にOcnが副腎に作用して副腎の成長を制御したり、血管脳関門を通過して脳の神経細胞に作用し、情動や記憶など脳機能に働きかけることも報告している。Ocnの他臓器制御についてはヒトの解析も含め今後さらなる検証がまたれる。
2-3. 骨由来因子による他臓器制御研究の展開
Ocnのみならず、骨による脂肪代謝制御に関する報告は他にもある。骨細胞除去モデルマウスでは骨量低下のみならず、胸腺の萎縮と脂肪の消失が起こることが報告されている24。またWntシグナルを阻害する可溶性因子であるスクレオスチンは、骨細胞が産生する骨形成阻害因子であるが、スクレロスチン欠損マウスではインスリン感受性が上昇し脂肪量が低下する。さらに力学的負荷により骨芽細胞/骨細胞から産生されるIL-11は、Wnt阻害因子DKK1/2の発現を抑えて骨形成を導くだけでなく、遠隔的に脂肪組織に作用し脂肪形成も抑える25。骨芽細胞が産生するSLIT2が白色脂肪量を調節することも報告されている26。
他にも骨細胞、骨芽細胞、破骨細胞が遠隔的に他臓器を制御するという報告は年々増えている(図3)。たとえば老齢マウスおよび高脂肪食マウスでは、破骨細胞前駆細胞がPDGF-BBを発現し、それが血管平滑筋細胞に作用することで動脈硬化の悪化を促す。また、老齢マウスの骨基質由来細胞外小胞は血管平滑筋細胞に作用し石灰化を促す。さらには骨芽細胞由来のLipocalin2が、インスリン分泌を調節してグルコース恒常性を維持するほか、血管脳関門を通過し、視床下部に働いて食欲抑制経路を活性化することも報告されている27。多臓器連関研究において常に直面する課題であるが、特定の因子が骨代謝細胞に真に特異的であるのか、その適切な検証方法の確立も重要であろう。

3. 終わりに
紙面の都合上、割愛させて頂いたが、当然のように骨髄は骨代謝細胞と骨基質、血球系細胞だけで構成されているわけではなく、血管系、神経系、さらにはリンパ管の存在も報告され、極めて複雑な骨微小環境制御が構築されている。また近年、頭蓋骨髄が特有の微小環境を擁することが注目され、骨の部位と骨免疫系の関係性も興味深い点である。オステオネットワーク研究に関しては未だ議論の多い分野でもあるが、脊椎動物における骨の新たな生理的意義に迫る可能性も秘めており、今後さらに理解が進むことを期待する。
岡本 一男 先生
ご所属:
金沢大学がん進展制御研究所 免疫環境ダイナミクス研究分野・教授
金沢大学 新学術創成研究機構 免疫ネットワーク研究ユニット ユニットリーダー
〒920-1192 石川県金沢市角間町 金沢大学がん進展制御研究所2階
TEL: 076-264-6725 FAX: 076-234-4532
E-mail: okamotok[at]staff.kanazawa-u.ac.jp ※ご連絡の際は、[at]を@に変換してください。
ご経歴:
2000年3月 | 京都大学 理学部 卒業 |
2006年3月 | 京都大学大学院 生命科学研究科 博士課程修了 |
2006年4月 | 東京医科歯科大学大学院 医歯学総合研究科 分子情報伝達学 (高柳広研究室) 博士研究員 |
2007年4月−2010年3月 | 日本学術振興会 特別研究員 (PD) |
2010年4月−2015年3月 | ST ERATO 高柳オステオネットワークプロジェクトグループリーダー (兼任) |
2010年8月–2012年4月 | 東京医科歯科大学大学院 医歯学総合研究科 免疫学 (高柳広研究室) 助教 |
2016年5月−2024年3月 | 東京大学 大学院医学系研究科 骨免疫学寄付講座 特任准教授 |
2024年4月−現在 | 金沢大学 がん進展制御研究所 免疫環境ダイナミクス研究分野 教授 |
2024年9月−現在 | 金沢大学 新学術創成研究機構InFiniti 免疫ネットワーク研究ユニット ユニットリーダー(併任) |
主な専門・研究分野
免疫学、腫瘍学、骨代謝学
岡本先生よりひとこと
2024年4月に独立しラボを立ち上げました。一緒に研究してくれる志溢れるメンバーを募集していますので、興味を持たれた方はぜひご連絡ください。
▼岡本先生の研究室HP▼
金沢大学 がん進展制御研究所 免疫環境ダイナミクス研究分野 岡本研究室 HPはこちら
■参考文献
- 18. Urakawa, I. et al. Klotho converts canonical FGF receptor into a specific receptor for FGF23. Nature 444,770-774 (2006).
- 19. Hoshino, Y. et al. Acquired Osteomalacia Associated with Autoantibodies against PHEX. N Engl J Med 392,513-515 (2025).
- 20. Oury, F. et al. Endocrine regulation of male fertility by the skeleton. Cell 144,796-809 (2011).
- 21. Mera, P. et al. Osteocalcin Signaling in Myofibers Is Necessary and Sufficient for Optimum Adaptation to Exercise. Cell Metab 23,1078-1092 (2016).
- 22. Moriishi, T. et al. Osteocalcin is necessary for the alignment of apatite crystallites, but not glucose metabolism, testosterone synthesis, or muscle mass. PLoS Genet 16,e1008586 (2020).
- 23. Diegel, C.R. et al. An osteocalcin-deficient mouse strain without endocrine abnormalities. PLoS Genet 16,e1008361 (2020).
- 24. Sato, M. et al. Osteocytes regulate primary lymphoid organs and fat metabolism. Cell Metab 18,749-758 (2013).
- 25. Dong, B. et al. Osteoblast/osteocyte-derived interleukin-11 regulates osteogenesis and systemic adipogenesis. Nature communications 13,7194 (2022).
- 26. Li, Z. et al. Bone controls browning of white adipose tissue and protects from diet-induced obesity through Schnurri-3-regulated SLIT2 secretion. Nature communications 15,6697 (2024).
- 27. Mosialou, I. et al. MC4R-dependent suppression of appetite by bone-derived lipocalin 2. Nature 543,385-390 (2017).
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掲載元:Lab.First 研究ナレッジ