2023年8月25日 Lab.Firstを公開しました。

(vol.1)植物間のコミュニケーションは可視化できるの?

Lab First

何コレ不思議は“カガク”の入り口シリーズ(第1回)

豊田正嗣(とよだ・まさつぐ)先生

埼玉大学大学院理工学研究科生命科学専攻分子生物学プログラム

細胞情報研究室 教授

■プロフィール

香川県出身。名古屋大学大学院医学系研究科博士課程修了。米国ウィスコンシン大学、JSTさきがけ研究者などを経て、2016年より埼玉大学大学院理工学研究科生命科学系専攻分子生物学コースにうつり、細胞情報研究室を開く。

私たちは、顔見知りと顔を合わせれば挨拶をし、しんどそうな人を見れば「大丈夫?」と声をかけるなど、言葉や非言語(表情やしぐさなど)を使って他者との複雑なコミュニケーションを可能にしています。一方の植物には目や口といった感覚器はありませんが、近年の研究から、感度よくコミュニケーションを行っていることが分かってきています。
では、どうやって?
そこで、植物の体の中で起きている情報伝達を可視化することを目指し、日夜、研究を続けている埼玉大学大学院理工学研究科生命科学専攻分子生物学プログラム 教授の豊田正嗣先生に3回に渡ってお話を伺いました。今回はその第1回です。

――まずは、先生の研究室(細胞情報研究室)で行われている主な研究について教えてください。

豊田先生 僕らは理学部の分子生物学科に属しています。そこで、「誰も見たことがない世界を可視化する」ことをモットーに、分子生物学・遺伝学・生物物理学的技術を駆使して、植物を対象にした基礎研究を行っています。

――生物物理学とはどんな学問なのでしょうか?

豊田先生 生物学は生物や生命現象を研究する学問で、物理学は物質や自然現象を研究する学問です。そのふたつをを掛け合わせて、生物を物理学的論理性や物理学的手法で理解しようというものが生物物理学です。僕たちの場合だと、超高感度カメラを用いたイメージング技術など、従来の生物学ではあまり使われないものも使っています。難しく聞こえるかもしれませんが、生物は好きだけれど数学や物理は苦手という生徒も多いんですよ。

匂いで仲間に危険信号を送る植物たち

――では、今回のテーマについてお伺いします。私たちは目や耳といった感覚器を持ち、複雑なコミュニケーションを可能にします。しかし、植物に感覚器官はありません。どうやってコミュニケーションをとっているのでしょう

豊田先生 植物同士が情報をやりとりしているらしいことは、科学が発達する以前から生態学や農学、それこそ農家の方たちは体感として知っていました。そんな中で僕たちが注目しているのは「匂い」です。芝や草を刈った時に特有の青臭い匂いがしますよね。先行研究もあるのですが、あの匂いは、植物が傷つけられた時の危険信号として働いているんです。例えば、虫にかじられた草があったとして、その周囲はかじられていなかったりします。それは、かじられた草が危険信号を出しているから。周りの草がその危険信号を感じて自分のところには虫が来ないよう嫌がる物質を作り、防御力を上げようとしているからなんです。

写真はイメージです

――自分だけ助かろうとするのではなく、みんなで敵から身を守ろうとするんですね。では、危険を知らせる以外にも植物はコミュニケーションを取っているのでしょうか?

豊田先生 発する匂いもたくさん種類があって、そういう研究をしている方もいます。いわゆる新緑の香りはテルペンと呼ばれる物質で、香水にも使われます。いかにも葉っぱ!という感じの青臭い香りは、青葉アルコールやアルデヒドと呼ばれるもので、ジャスミンティーの香りは、ジャスモン酸メチルによるもの。これも、虫にかじられたり、切り付けられた時に出てくる匂いです。他にもたくさんの揮発性物質はあって、それぞれにいろんな意味が含まれているのだろうと思われますが、まだ分かっていないことが多いんです。

基本的には、危険に対する反応が多いと思いますし、そういった研究も多いのですが、植物間ではなく、例えば植物と微生物の間のやり取りを考えると、危険な状況だけとは限りません。自分が作れない栄養分を微生物からもらう、あるいは微生物が作れない栄養分を植物からもらうといった共生の関係もありますから。

――たしかに、共生というパターンもありますね。

豊田先生 はい。科学界では一時、「利己的」という言葉が広まり、『利己的な遺伝子』(リチャード・ドーキンス/日本版は‘80年刊行)がベストセラーになりました。しかし、植物は水と光で光合成をして酸素を作り、地球上で一番ベースになるものを作り出している存在です。進化的にたまたまそういう種が残ったのかは分かりませんが、少なくとも自分たちが生きていくためにやっていることからたくさんの生物種が生まれ出て、これらの生命活動が回り回って自分の養分として返ってくるわけです。以前、出演したNHKスペシャル『超進化論~植物からのメッセージ』では、「利他的」がテーマの1つでした。僕自身も植物の研究をしていると、「利己的」より「利他的」という言葉の方がよりフィットするように感じます。

物言わず動かない植物たちの生存戦略

――先ほど、植物が匂いでコミュニケーションを取っているお話がありました。では、植物はどこでその匂いを感じ取っているのでしょう?

豊田先生 これがずっと分からなかったのですが、僕たちはイメージングによってどこが反応しているかをリアルタイムで見ることが出来るようになりました。植物には孔辺細胞と呼ばれる気孔を形成する細胞があります。光合成をする際に二酸化炭素を吸収して、酸素を出すために使われている細胞です。ここから取り入れているのではないかと仮定し、たしかにそこで反応が起きている映像を確認することが出来ました。

匂い物質を介した植物間コミュニケーションの組織特異的イメージング。
植物は、食害を受けた植物から放出される匂い物質((Z)-3-ヘキセナール)を孔辺細胞⇒葉肉細胞⇒表皮細胞の順に感知することが確認された。
(埼玉大学豊田正嗣教授よりご提供)

――本当ですね。可視化されると一目瞭然というか、説得力があります。

豊田先生 それがイメージング、可視化の強みです。逆に言うと情報量が多過ぎて、人間が処理しきれないほどの不思議が詰まっているとも言えます。次にこちらの画像を見てください。

食害を受けた植物から放出される匂い物質によって起こるCa2+シグナルのイメージング
トマトの葉とハスモントヨウの幼虫を入れたボトル(昆虫の食害を受けた葉)から放出された匂い物質を、直接攻撃されていないシロイヌナズナに拡散させた際のカルシウムイオンシグナルを観察。世界で初めて植物間コミュニケーションのリアルタイムイメージングに成功(1)
(埼玉大学豊田正嗣教授よりご提供)

これはうちの院生の研究です。まず、トマトの葉っぱを蛾の幼虫が食べると、トマトが危険信号となる匂いを発します。その匂いがポンプを通ってシロイヌナズナのところに到達する。するとシロイヌナズナは、直接、虫に齧られたわけではないのに危険信号を感じてポツポツと明るくなってゆくんです。これが、植物が別の植物の信号を捉えていることを可視化した映像です。

――おぉ! 植物は違う種同士でもコミュニケーションを取ることができるんですね。

豊田先生 基本的に植物は、生まれた土地から一生離れることはできません。我々動物は、嫌なことがあれば移動すればいい訳ですが、植物は、生まれた場所で全てを完結させなければなりません。そこで、我々とは異なる生存戦略を取っているんです。一番分かりやすいのはお花ですよね。花粉を運んでくれる昆虫を呼んで、受粉を手伝ってもらっている。

写真はイメージです

また、我々は蚊が飛んできたらパチンと叩くことができますが、植物は虫がきてもそういった積極的行動が取れません。代わりに揮発性物質などを出して、自分の身を守ってくれる虫を呼びよせ、自分を攻撃しているその他の虫を攻撃させるといったネットワークを構築したりもします。

空気中を拡散する物質の中には、山火事などにあった植物が発するカリキンというものもあります。これは、種に働きかけて発芽を誘発する物質です。どういう仕組みでそうなるのか、まだ分からないことは多いのですが、山火事で焼け野原になった後、少しずつ植物が芽吹いていきますよね。その時、煙と共に拡散したカリキンが他の植物へ再生を促し、次の世代を蘇らせるためのコミュニケーションが起きるわけです。

写真はイメージです

――植物の生存戦略ってすごいですね

豊田先生 多くの人が植物のことを「その辺に当たり前にあるもの」と捉えていると思うのですが、僕たちの映像を見て、「植物ってすごいんだね」「いろんなことを感じているんだね」と理解していただけるという意味ではマウントリッジとして成功かもしれないと考えています。

――いろんな分野の方から「一緒に何かできないか?」「こんなことがあったので聞いて欲しい」といった問い合わせが殺到しそうです。

豊田先生 そうですね。先ほど、シロイヌナズナの画像を見ていただきました。我々ヒトの脳の神経を繋ぐシナプス部には、記憶や学習に深く関わるグルタミン酸受容体が多くみられます。実はこのシロイヌナズナ、脳も神経もないのにこのグルタミン酸受容体が20種類もあるんですね。

2000年にゲノム解析されて、それが分かったのですが、何のために必要なのかまでは分からなかったんです。でも、傷つけられたことを全身に伝えるための重要なセンサーだったことが分かり、2018年「Science」に発表しました(2)

カルシウムイオンを可視化する緑色蛍光タンパク質(GFP)型バイオセンサーを組み込んだシロイヌナズナをもちいて、創傷した場合のカルシウム伝達の様子を観察した。
傷ついた葉の組織からグルタミン酸が流出し、シロイヌナズナ内のグルタミン酸受容体が刺激されることで、カルシウムシグナルが植物全体に伝達する。
(埼玉大学豊田正嗣教授よりご提供)

 ですから、グルタミン酸のようなアミノ酸型の農薬を作り、農作物の防御反応を引き起こすことが出来れば、殺虫するタイプの農薬ではないオーガニックな農薬ができるのでは?と仮定して、とある企業と協力して、数年前にアミノ酸型の農薬の特許を出願しています。この研究を進め、上手に利用することで、これまでにない農業や農薬といったものが生まれる可能性があるのではと考えています。

――そうなんですね。夢が広がります! 

続く第2回では、イメージング技術を用いた「オジギソウはなぜおじぎをするのか?」という独創的な研究についてお伺いしたいと思います。お楽しみに!

掲載論文情報

  1. Aratani Y, Takuya U, Hagihara T, Matsui K, Toyota M (2023)
    Green leaf volatile sensory calcium transduction in Arabidopsis . Nature Communications 14.6236
  2. Toyota M, Spencer D, Sawai-Toyota S, Wang J, Zhang T, Koo A, Howe G, Gilroy S (2018)
    Glutamate triggers long-distance, calcium-based plant defense signaling. Science: 361,1112-1115.
    ※本研究成果は、コスモ・バイオが米国科学振興協会(AAAS)に協賛して発行している”Japanese Scientists in Science 2018” にも掲載されています。ご興味のある方は、コチラよりご請求いただけます。