2024年8月19日(月)、学校法人東洋大学の新設校舎である朝霞キャンパスで公開講座が開催されました。昨年好評だった「キッチンラボ!調理科学のおいしい世界」が、今年は2024年4月に新設された朝霞キャンパスで開催され、更に充実したものとなりました。今回のレポートでは番外編として、パワーアップした実験「だしに迫る」にスポットを当ててご紹介します。
また、朝霞キャンパスの食品加工実験室の様子についてもお伝えします。実験のための設備や機器がそろった調理室は、まさに「キッチンラボ」!調理を科学的に解き明かし、その可能性を最大限に引き出す発見が生まれそうな最先端フィールドでした。
講師紹介
講師は東洋大学 食環境科学部 食環境科学科 准教授の露久保美夏先生です。大学での教育活動や公開講座の開催に加え、小学生のお子さんとその親御さんを対象にした食育プログラムの作成にも取り組んでいらっしゃいます。また、関連書籍の出版や、調理面でのアドバイザーとしてテレビ出演もされています。
東洋大学の公開講座へようこそ!
食材は調理の過程で見た目、香り、味、食感などにおいて多くの変化をとげます。今日は、実験を通じて、調理中に何が起こっているのか、そしてそれがどのようにして私たちに「おいしい」と感じさせるのかを、科学的な視点から解き明かしていきましょう。
実験
今回の題材は「だし(出汁)」です。羅臼昆布と日高昆布という2種類の昆布を使い、それぞれからだしを抽出します。そして、だしに含まれるグルタミン酸の量を測定します。グルタミン酸は私たちが「おいしい」と感じるカギとなる成分であり、その含有量がだしの味わいを大きく左右します。
普段、料理に使う昆布の種類にまでこだわって購入することは少ないかもしれませんが、この実験でその違いが味にどう影響するかもわかります。結果を想像しながら読み進めてくださると嬉しいです。
使用する材料
A: 水600g、日高昆布18g、塩2g、醤油15mL
B: 水600g、羅臼昆布18g、塩2g、醤油15mL
どちらが日高昆布で、どちらが羅臼昆布かわかりますか?触ってみたり、香りをかいでみたりして、じっくり観察してみてください。そして、感じたことを言葉にして、隣の人と共有してみましょう。
みなさんの感覚はそれぞれ違っていて当然ですし、意見を合わせる必要はまったくありません。正解は一つではないんですよ。もし他の人と違う感覚があったら、それは他の人が気づいていない貴重な感覚かもしれませんから、ぜひ伝え合ってみましょう。
ちなみに、色が少し濃くて幅が狭い方が日高昆布、色が少し褪せた緑で幅が広い方が羅臼昆布です。
使用する器具
グルタミン酸測定キット(コスモ・バイオ社 寄贈品:L-グルタミン酸測定キット「ヤマサ」NEO)、マイクロピペット、マイクロチューブ、マイクロプレート、マイクロプレートリーダー
実験の手順
昆布だしの抽出
① チャック付き袋に分量の水と昆布を入れ、30分間置く。その後、大さじ1ずつカップに取り分ける(A1, B1)。
② 60℃で30分間低温調理器をつかって加熱し、大さじ1ずつカップに取り分ける(A2,B2)。
③ A、Bを味わい、感じたことを記録する。
④ 鍋に移して調味料を加えて加熱する。味わって感じたことを記録する。最後にお麩とワカメを加えてすまし汁として味わう。
ただ「おいしい」だけでなく、その液体が持つ個性を言葉にして、周りの人と共有してみてください。最後に、かつおだしを加えて「合わせだし」の味わいも確かめてみましょう。
グルタミン酸量の測定
① 試料(A,B)、標準液、精製水をマイクロチューブに10μL分注(液体を複数の容器に均等に分ける操作のこと)する。
② R1酵素試薬液を各チューブに450μL分注して混和(2つ以上の物質を均一に混ぜ合わせること)する。
③ R2酵素試薬液を各チューブに450μL分注して混和する。
④マイクロプレートに各200μLを移す。
⑤20分間静置後、吸光度を測定する。
せっかくなので、3つのグループが作ったプレートを見比べてみましょう。グルタミン酸が多いほど、紫色が濃く出るんですよ。
同じ種類の昆布を使い、同じ分量と時間で実験しましたが、結果に違いがあるのが目で見てもわかりますね。実験では、同じ条件でも結果が変わることがあります。わずかな手順の違いでも、結果に影響が出るんです。だからこそ、実験は1回だけではなく、何度も繰り返して行うことが大切なんです。
グルタミン酸量の算出
左図にしたがって各試料をマイクロプレートのウェル(プレート上のくぼみ)にいれて吸光度を測定しました。すると右図のように結果が吸光度計のディスプレイに表示されました。
同じ条件の結果が2つあるのでその平均値をとり、こちらの式に上記の数値を代入してグルタミン酸量をもとめました。
グルタミン酸(mg/L)=(試料 – 水)÷(標準 – 水)×250
日本で流通している昆布の多くは北海道産で、収穫場所によって名前が異なります。今回の実験では、北海道の北側で採れる羅臼昆布と、南側で採れる日高昆布を使用しました。過去の実験結果から、羅臼昆布の方がグルタミン酸の含有量が多いため、理論通りであれば、グルタミン酸量はAよりBの方が多くなるはずです。実際、目で見ても、Bの試料の方が紫色が強く出ていたのではないでしょうか。
露久保先生が教える!実験の解説
だしのうま味を最大限に引き出す方法と世界の”だし”
今回の実験で使用した昆布にはグルタミン酸が多く含まれており、約60℃で最も効率よく抽出されます。ただし、グルタミン酸を引き出そうと昆布をぐつぐつ煮てしまうと、ぬめりが出たり、出汁が濁ったりしてしまいます。特にすまし汁では、だし自体が主役ですから、どれだけ澄んでいるか、そしてどれだけうま味を引き出せているかが重要です。だから、昆布は高温で煮続けないんです。
一方、かつおだしは高温で短時間に仕上げるのがポイントです。沸騰したお湯に薄く削った鰹節を入れ、30秒ほどで火を止めて濾すと、すっきりとしたかつおだしが取れます。低温で煮ると魚のえぐみや臭みが出てしまうので、高温且つ短時間で仕上げることが大切です。
日本料理では、昆布だしとかつおだしの「合わせだし」がよく使われます。これは、昆布に含まれるグルタミン酸と、鰹節のイノシン酸という異なるうま味成分が合わさることで「うま味の相乗効果」が生まれるからです。この相乗効果によって、単なる足し算以上に深い味わいが生まれます。
この「うま味の相乗効果」は、日本料理だけでなく、洋食や中国料理でもみられます。洋食では、セロリや玉ねぎ、人参に含まれるグルタミン酸と肉のイノシン酸を組み合わせた「フォン」や「ブイヨン」が基本のだしとして用いられます。イタリア料理では、トマトのグルタミン酸と魚介類のイノシン酸を使った煮込み料理やパスタが、うま味の相乗効果を活かした一例です。
中国料理でも、白菜やネギから抽出されるグルタミン酸と、鶏肉からのイノシン酸を組み合わせて作る中国のだし「湯(タン)」がよく使われています。
なぜおいしい?味覚と私たちの身体の不思議
うま味は、私たちが感じる5つの基本的な味覚の一つです。約100年前に日本人の池田 菊苗(いけだ きくなえ)博士が昆布から発見しました。それまでは「甘味」「塩味」「酸味」「苦味」の4つだけが知られていましたが、5つ目として「うま味」が加わり、今では世界中で「Umami」として知られています。
うま味成分は、アミノ酸や核酸など、タンパク質の合成に必要な物質であり、私たちの身体をつくるために欠かせないものです。だからこそ、うま味を感じると自然に「おいしい」と感じるように私たちはできているのです。これは甘味も同じで、糖質がエネルギー源となるため、多くの人が甘いものを好むのです。
塩味も同様で、体内のナトリウムバランスを保つために、適度な塩味をおいしいと感じるように身体が反応します。理想的な塩味の濃度は0.8〜0.9%で、これは私たちの体内の塩分濃度とほぼ同じです。そのため、私たちはこの範囲の濃度の塩味を「おいしい」と感じるのです。
酸味は、疲労回復や代謝促進に役立つ一方で、腐敗を警告する役割もあります。たとえば、数日前に作った料理に本来ない酸味を感じたら、自然に食べるのをやめますよね?これは本能的な反応です。しかし、酢の物のように、経験を通して「安全だ」と理解している酸味については、問題なく受け入れることができるようになります。
苦味は、毒性を警告するサインです。特に赤ちゃんは本能的に苦味を避けますが、大人になるにつれて、経験から苦味を楽しむことができるようになります。大人がビールやコーヒーの苦味を楽しめるのは、その良い例です。
料理の決め手は”塩加減”
うま味はそのままでも感じられますが、適度な塩味が加わるとさらに引き立ちます。例えば、昆布だしだけだと少し物足りなく感じるかもしれませんが、塩を少し加えるだけでぐっとおいしく感じるようになります。
甘味の場合、砂糖が多少多くても味に大きな影響は出にくいですが、塩味は違います。塩の量が0.2%違うだけで、私たちの舌は敏感に反応します。だからこそ、塩味は料理の決め手になるんです。ですから、料理をするときはぜひ塩加減に気をつけてみてくださいね。
露久保先生 もっと教えて!”だし”のこと
日本料理では「だしが大事」ってよく聞きますが、そもそも「だし」って何ですか?
科学的に言うと、「だし」は食品の中にある成分を取り出した抽出液のことです。料理をする時には「煮だす」と言いますが、特に和食では「だしをとる」というより「だしをひく」という表現を使います。食品を水で温めて成分を取り出すので、これを熱水抽出と言います。料理の時にはうま味成分を効率よくしっかり引き出しながら、えぐみや苦味を抑えるように工夫することが重要です。
家でおいしい昆布だしをとるにはどうしたらいいですか?
昆布だしのうま味の正体はグルタミン酸です。チーズやトマトにも含まれるうま味成分ですね。このグルタミン酸が最も効果的に抽出されるのは、約60℃を保ちながら1時間昆布を加熱した時なんです。
ただ、この方法を家庭で実践するのは少し難しいかもしれませんね。そのため家庭では、水に30分間昆布を浸け、その後、弱めの中火でゆっくり加熱し、沸騰する直前に昆布を取り出すと良いですよ。
朝霞キャンパスの魅力を紹介!
実験の合間に朝霞キャンパスを見学する機会をいただいたので、その一部をご紹介します。
東武東上線の朝霞台駅から徒歩10分の場所にあります。校舎は立派で、緑も多く、学生たちがのびのびと過ごせそうなキャンパスです。
朝霞キャンパスの調理室は、広々とした空間にガス台とIHクッキングヒーターが完備されており、パン屋さんで使う大型オーブンも備えています。各作業台の上にはモニターが設置されており、先生の手元の作業や共有したい資料を投影できるようになっています。
さらに、朝霞キャンパスには「フォーカスグループ室」と「官能評価室」も完備されています。
フォーカスグループ室は、食品について複数人で話し合いをして情報を集める場です。観察者はマジックミラー越しに被験者の反応を確認でき、被験者はリラックスした状態で食事を行えます。
一方、官能評価室は、周囲の影響を受けずに個人が食品の味や香りを評価できる半個室型のブースを供えた設備です。仕切りでプライバシーが保たれており、被験者が集中して評価できる環境が整っています。某有名ラーメンチェーン店のようですね(笑)。
取材を終えて
受講者の高校生の皆さんは、最初こそ慣れない実験器具や分析機器に慎重でしたが、次第にその面白さに引き込まれていく姿が印象的でした。だしの香りや風味を自分なりに表現し、意見を交わす場面も見られ、自分の意見をまとめて相手に伝える良い練習になったのではないかと思います。グルタミン酸量の測定では、チームの中で自然に役割分担が生まれ、協力して実験を進めていました。
朝霞キャンパスの調理室や官能評価室などの施設は、実践的な学びを支える理想的な環境を提供しており、学生たちが食品の科学をより深く理解できる場となっていると感じました。ここから、さらに多くの科学的な発見が生まれることが期待されます!