合成生物学の“ロボコン”として世界中の学生が革新的なアイデアを競い合う『iGEM（The international Genetically Engineered Machine competition）』。2023年、パリで開催された世界大会に挑んだ九州大学の学部生を中心としたチーム『iGEM Qdai』のエピソードを2回シリーズでお届けしています。

　後編では、チームの運営や先生との関わり方、活動を通じて楽しかったこと、そして苦労したことについて、率直に語っていただきました。それぞれの想いが交差する中、困難を乗り越えようとするメンバーの姿に注目です。ナイロン6の分解促進という意欲的なテーマに取り組む彼らの本音トークから、挑戦の裏側を一緒に探っていきましょう。

▶『iGEM Qdai 2023前編 ナイロン6の分解促進でサスティナブルな社会づくりに挑戦！』はこちら

インタビューメンバーの紹介

※2024年3月時点の情報を記載しています。

実下 愛梨（じつした あいり）さん

九州大学 農学部 2年 iGEM Qdai 2023 リーダー

iGEM活動には前年度から参加している実下さん。今年はリーダーとしてチームをまとめる役割を担いました。リーダーとしての責任を感じ、メンバーと協力しながら、課題に向き合っている様子が伺えました。

溝口 春菜（みぞくち はるな）さん

九州大学 理学部 化学科 2年

将来の夢は研究者。その夢に近づくための第一歩として、iGEM活動に挑戦しました。実験や準備を着実に進める姿勢が印象的で、チーム内でも努力家として知られる存在です。コツコツと取り組む姿勢が、プロジェクトを支える力となっています。

西村齊明（にしむら なりあき）さん

九州大学 理学部 生物学科 1年

iGEM Qdaiの活動では、溝口さんとともにラボでの実験を担当。目標意識が高く、その目標を実現するために自ら考え行動する姿が印象的です。彼もチームにとって頼りになる存在として活躍しています。

背中を押してくれた先生たちの存在

インタビュアー：顧問教職員（PI）の先生はどんなサポートや関わり方をしてくれたのですか？特に、PIの先生が『芸術工学研究院』という農学部でも理学部でもない所属の先生だという点が少し気になりました。

実下さん：PIの先生は合成生物学が専門の方ではありませんが、実験室の使用許可を取ってくださいました。また、実験に必要な物品も提供していただきました。特に私は、団体としての運営やあり方について相談に乗ってもらうことが多かったです。

インタビュアー：他のお二人は先生とどのような関わり方をされましたか？

西村さん：補足になりますが、PIとして登録されているのは実下さんが話した先生ですが、もう一人お世話になった先生がいます。PIの先生には環境整備をサポートしていただき、もう一人の先生には実際の実験の進め方やデータ解析について相談していました。

溝口さん：実験室で直接指導してくださった先生には本当にお世話になりました。技術的な相談にも丁寧に対応していただきました。

インタビュアー：そうだったんですね。具体的に相談できる先生がいるのは心強いですよね。直接指導してくださった先生は、西村さんや溝口さんからお願いしたのですか？それとも先生の方から声をかけてくださったのですか？

西村さん：正直に言うと、先生の方から声をかけてくださいました。とても気にかけてくださる先生だなと思っていたのですが、後から来年度の担当顧問になる可能性があることがわかって、『ああ、そういうことか』と思いました（笑）。失敗続きだったり、無理なスケジュールで動いていたので、助けたくなる雰囲気が出ていたのかもしれません。

溝口さん：私たちが使わせていただいたラボが共用で、その先生もそこで実験をされていたことが大きいと思います。私たちが実験する様子を隣で見てくださっていたので、自然とサポートしていただける形になりました。

知的好奇心と挫折の先にある成長 – iGEM Qdaiの本音トーク –

インタビュアー：2024年度のiGEMにも同じメンバーで参加するのですか？

実下さん：実は2024年度は参加しないんです。正直なところ、2023年度の結果があまり良くなかったことや、団体としての成熟度が十分ではなかったことが理由です。まずは、きちんと実験方法や技術を先輩から後輩に受け継ぐことを優先したいと思っています。環境が整えば、また挑戦したいですね。今のところ2025年度に参加するつもりで、2024年度はそのための準備期間にしたいと考えています。

インタビュアー：2025年に向けて助走期間を設けているのですね。2025年度の挑戦が楽しみですね！

インタビュアー：おそらく3人それぞれが違う意見をお持ちだと思うのですが、楽しかったことは何ですか？

実下さん：私から話しますね。溝口さんと西村さんには申し訳ない話になるのですが…iGEM前に実験がなかなか思うようにいかず、仮説からかなり離れてしまったことがあったんです。でも、実はその時が一番楽しかったです。

インタビュアー：思った通りにいかないことが楽しかった、ということでしょうか？

実下さん：はい。iGEMに提出する成果物としては良い結果にならないことが予測されたのですが、思うようにいかないことで知的好奇心が刺激されて、すごく楽しかったんです。

インタビュアー：うまくいかない状況をポジティブに捉えられたんですね。一方で、iGEMで結果を出すという観点からは少し厳しい場面だったのかもしれませんね。

溝口さん：私はラボで実験していた時間が一番楽しかったです。単純な作業も含めて、全てが新鮮でした。私は研究者になりたいと思っていて、大学でやっと実験ができるようになったことが本当に嬉しかったんです。iGEMに参加して、研究者への距離が少し縮まったような気がしたのが特に嬉しかったですね。それに先生と話す時間が増えたのも良かったです。

インタビュアー：ありがとうございます。溝口さんにとって、研究者への一歩を踏み出すきっかけになったのですね！西村さんはどうですか？

西村さん：そうですね…正直、楽しかったと思えることはあまりなかったです（笑）。自分の無力さに絶望した数カ月だったと思います。iGEMに参加している他の学生は皆優秀で、チームもまとまっているところが多い印象でした。それに比べて、自分たちは力不足だったし、やりきれなかったなと感じています。

インタビュアー：そう感じられたんですね。お話してくださってありがとうございます。でも、西村さんが『もっとできたはず』と思うのは向上心の表れだと思いますよ。他のiGEMチームも、苦労話をよく耳にします。iGEMは常に楽しいだけではなく、辛いことも多い世界だと感じます。それでも挑戦しただけで素晴らしいと思いますし、皆さんが思っている以上に成長されたのではないでしょうか。

インタビュアー：次に、上手くいったことがもしあれば教えてください。

実下さん：実験以外の話なのですが、高校生への講義がとても良いものになったと思っています。遺伝子組換え技術に対する抵抗感が少ない高校生が多かったという発見もありました。

私はリーダーとしてのマネジメント力がかなり低く、チームのメンバーには迷惑をかけてしまったと感じています。反省点もたくさんあります。また、遺伝子の設計も初めてで知識が不足していたため、活動を始める時期が遅くなり、かなり苦労しました。それでも、状況を前向きに捉えることで、どうにか自分の活動を停滞させることなく乗り越えられたのかなと思います。

インタビュアー：失敗から学び、前向きに取り組む姿勢を身につけられたのですね。西村さんはどうですか？

西村さん：うーん、『これがうまくいった』とはなかなか言えないですね。メンバー集めや資金集め、実験の最後のプラン発表、どれも正直ヤバかったです（笑）。これからは、問題を解決したり、困難を乗り越える方法を少しずつ見つけていきたいと思っています。

インタビュアー：溝口さんはいかがですか？

溝口さん：うーん、私の中では、何とか形にはできたので良かったかなと思います（笑）。実験結果は残念ながら良いとは言えなかったんですけどね。

iGEMの舞台へ挑む人たちへ

インタビュアー：最後に、これからiGEMに参加する方へのメッセージをいただけますか？これからの自分への言葉でもいいですし、iGEMに取り組む方全般へのメッセージでも大丈夫です。

実下さん：2025年度の自分に向けて、ですかね。ざっくり言うと『頑張ろう』なんですが、周りとのつながりやチームの方向性をしっかり確認しながら取り組もう、という感じです。

西村さん：自分が言える立場ではないかもしれませんが……。実験や人間関係でうまくいかないことが出てくるのはiGEMをやっていれば当たり前ですし、一番大きな失敗やピンチって、自分や周りのコンディションが一番悪い時に来ると思うんです。そういう時にどう対処するかが重要なんじゃないかなと思います。

あと、iGEMの規定や目標をもっと意識して、『どんな規定を満たす必要があるのか』や『どう行動すれば良いのか』を考えるべきだったなと思います。ゴールから逆算して取り組むことが本当に大事だと思います。

インタビュアー：溝口さんはどうですか？

溝口さん：そうですね……もし1年前の自分に言うとしたら、『この1年をすべて捧げるつもりで頑張れ』と言いたいです（笑）。それくらいの覚悟で挑むことをおすすめします！

インタビュアー：なるほど（笑）！やはりiGEMはそれくらいの覚悟が必要なんですね。iGEMを経験された皆さんは間違いなく成長されたと思います。本日はインタビューの機会をいただき、本当にありがとうございました！

取材後記：未来へつながる挑戦を応援して

　今回のインタビューを通して、iGEM Qdaiのメンバーが取り組んだ『ナイロン6の分解促進プロジェクト』の舞台裏を知ることができました。彼らが真摯に向き合い、試行錯誤を重ねる中で得た学びや経験には、多くの共感を覚えました。

　時には思うようにいかない実験に悩み、限られたリソースの中でチーム運営に奮闘しながらも、メンバーそれぞれが前向きに困難を乗り越える姿は、読者の皆さんにとっても励みになるのではないでしょうか。特に、『失敗はその先の成長につながる』という彼らの実感には、未来の挑戦者たちへの力強いメッセージが込められていたと感じます。

　iGEMの舞台から生まれるイノベーションが、未来のサステナブルな社会を支える一助となることを願っています。これからも、iGEM Qdaiの挑戦を心から応援しています！

【イラスト・画像の引用元について】

本記事内で使用されたイラスト・画像は、iGEM Qdai2023様のご厚意により、ご共有いただいた資料等の一部を引用させていただいております。