2023年8月4日(金)、愛知県がんセンター研究所で開催された高校生向け基礎実験体験講座『未来の科学者へ – 感染とがんの謎に挑め –』では、感染症とがんの関係を科学的に学ぶ貴重な機会が提供されました。2019年以来、4年ぶりに現地開催された本講座には、厳正な抽選で選ばれた14名の高校生が参加しました。
前編では、講師である田口先生とコウタイガーの会話を通じて、免疫システムの仕組みや病原体感染とがんの関係、免疫グロブリンA(IgA)を測定するための『ELISA』の基本をわかりやすくご紹介しました。
後編では、いよいよ高校生たちが実際の実習に挑む様子をお届けします。自らの唾液を用いてELISAを体験することをとおして、免疫学の基礎を学んでいきます。また、実習を通じて得た気づきや、受講者のリアルな感想にも注目していきます。

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実習:ELISAアッセイによる唾液中のヒト免疫グロブリン測定
実習では、自分の唾液を用いてELISA技術を体験します。この技術は、新型コロナ抗原検査などに広く応用されており、特定のタンパク質を正確に検出・測定する上で欠かせない手法です。実習を通じて免疫学の基本を実践的に学ぶとともに、得られたデータをどのように解釈するかも体験します。
使用する試料
各自の唾液希釈液(10,000倍、20,000倍、40,000倍、80,000倍の希釈液)、検量線用のIgAタンパク質(濃度8点)
使用する試薬類
DNA染色液の原液、精製水、見本用DNA染色液、唾液希釈用1x DiluentN、ELISAプレート洗浄液、IgAと結合する抗体(目印付き・4℃保存)、検量線用のIgAタンパク質、目印と結合する検出用試薬(4℃保存)、サンプルを発色させるための基質、発色反応の停止液
必要な器具類
ピペットマン(P-20,P-200,P-2000)、チップ(20 µl, 200 µl, 1,000 µl )、2.0 ml マイクロチューブ、15 ml チューブ、マイクロチューブ立て、50 ml / 15 ml チューブ立て、防護ゴーグル、キムタオル、ELISAプレート(白枠付き)、プレートシール 2枚、練習用プレート(透明)、廃液入れ、使用済みチップ入れ、高速遠心機、プレートリーダー
実験手順
唾液希釈液(試料)の調整
① 2.0 ml マイクロチューブを1本用意し、自分の名前を記入する。
② 15 ml チューブに自分の唾液を採取する。

採取した唾液に濁りや固形物が混ざっていても大丈夫です。
③ P-200ピペットを使って、15 ml チューブから 200 µl の唾液を2.0 ml マイクロチューブに移す。
④ 2.0 ml マイクロチューブを遠心機にセットし、800 g で10分間遠心する。
⑤ 空の 2ml チューブに100×、10,000×、名前を記入し、P-2000ピペットを使い、唾液希釈用の 1 × Diluent N を990 µl ずつ入れる。
⑥ 空の 2 ml チューブに 20,000×、 40,000×、80,000×、名前を記入し、P-2000ピペットを使い、唾液希釈用の 1 × Diluent N 500 µl ずつ入れる。
⑦ ④で遠心した溶液に対して、P-20ピペットを使い、沈殿に触れないように 10 µl の唾液をふくんだ溶液を取り、100xチューブに加える。(右図参照)
⑧ P-1000ピペットの目盛りを 500 µl に設定し、100×チューブ内の溶液を繰り返し出し入れして混合する。これで唾液の100倍希釈液(100×希釈液)が完成する。
⑨ P-20ピペットを使い、100x希釈液から10µlを取り、10,000xチューブに加える。

⑩ P-1000ピペットを使い、500 µl で繰り返し混合し、10,000倍希釈液(10000x希釈液)を作る。
⑪ P-2000ピペットを使い、500 µl の10,000x希釈液を20,000xチューブに加える。その後、その設定のままのP-2000で繰り返し出し入れして混合し、20,000倍希釈液(20,000×希釈液)を作る。
⑫ P-2000ピペットを使い、500 µl の20,000×希釈液を40,000倍希釈用チューブ(40,000×チューブ)に加える。その後、その設定のままのP-2000で繰り返し出し入れして混合し、40,000倍希釈液(40,000×希釈液)を作る。
⑬ P-2000ピペットを使い、500 µl の10,000×希釈液を80,000倍希釈用チューブ(80000×チューブ)に加えます。その後、その設定のままのP-2000で繰り返し出し入れして混合し、80,000倍希釈液(80,000×希釈液)を作る。

ピペットで液体を混ぜるとき、勢いよく出し入れすると気泡が入ることがあります。なるべく気泡がはいらないよう、滑らかに操作しましょう。
調整した試料の添加
⑭ 検量線用のIgAタンパク質と各自の唾液希釈液(10,000×、20,000×、 40,000×、80,000×)をP-200ピペットを使い、50 µl ずつELISAプレートのウェル(穴)に右図にしたがって加える。


同じウェルに別の液体を混ぜてしまわないよう、1つずつ確認しながら丁寧に作業を進めましょう。
このELISAプレートのウェルには、IgAに特異的に結合する抗体(捕捉抗体)があらかじめ固定化されています。この捕捉抗体がIgAをしっかりと捉える役割を果たします。
⑮ 写真のようにプレートシールをELISAプレートに貼る。

⑯ プレートを室温で2時間静置する。
一次洗浄
⑰ 目の前にキムタオルを1枚ずつ広げる。プレートシールをはがし、各ウェルの中身を廃液バケツに捨てる。
⑱ キムタオルをめがけてELISAプレートを10回叩きつけ、液体を完全に除去する。
⑲ P-200ピペットを使い、各ウェルにELISAプレート用洗浄液1を 200 µl ずつ加える。
⑳ 再びプレートの中身を廃液バケツに捨て、キムタオルをめがけてELISAプレートを10回叩きつけ、液体を完全に除去する。
㉑ ⑳の操作を合計5回繰り返す。
検出抗体の添加
㉒ P-200ピペットを使い、各ウェルにIgAを検出する抗体を 50 µl ずつ加える。
㉓ プレートシールを左右反転させてELISAプレートに貼り付ける。
㉔ ELISAプレートを室温で1時間静置する。

ここで加えるIgAを検出する抗体は、ビオチン化されています。このビオチン化された抗体が、IgAのエピトープに結合し、その後の反応でストレプトアビジンと強く結合するための目印となります。
二次洗浄
㉕ 目の前にキムタオルを1枚ずつ広げる。プレートシールをはがし、各ウェル(プレート上にあけた穴のこと)の中身を廃液バケツに捨てる。プレートシートは廃棄する。
㉖ キムタオルをめがけてELISAプレートを10回叩きつけ、液体を完全に除去する。
㉗ P-200ピペットを使い、各ウェルにELISAプレート用洗浄液2を 200 µl ずつ加える。
㉘ ELISAプレートの中身を廃液バケツに捨て、キムタオルをめがけてELISAプレートを10回叩きつけ、液体を完全に除去する。
検出用試薬の添加
㉙ P-200ピペットを使い、各ウェルにIgA抗体と結合する検出用試薬を 50µl ずつ加える。
㉚ 新しいプレートシールをELISAプレートに貼り付ける。
㉛ ELISAプレートを室温で30分間静置する。

ストレプトアビジン(ビオチンと強く結合するタンパク質)とHRP(ホースラディッシュペルオキシダーゼ)という酵素を化学的に結合させた複合体を加えています。
ストレプトアビジンは検出抗体に結合しているビオチンと強く結びつき、この結合を通じて酵素(HRP)がIgAに間接的に取り込まれる形になります。
三次洗浄
㉜ 目の前にキムタオルを1枚ずつ広げる。プレートシールをはがし、各ウェルの中身を廃液バケツに捨てる。
㉝ キムタオルをめがけてELISAプレートを10回叩きつけ、液体を完全に除去する。
㉞ P-200ピペットを使い、各ウェルにELISAプレート用洗浄液3を 200 µl ずつ加える。
㉟ ELISAプレートの中身を廃液バケツに捨て、キムタオルをめがけてELISAプレートを10回叩きつけ、液体を完全に除去する。
発色試薬の添加
㊱ P-200ピペットを使い、各ウェルに 50 µl の発色試薬(目印でつけた酵素に反応する基質)を加える。

ここでは、HRPの酵素反応を起こすための基質を加えています。HRPが基質を分解することで、青色が発色します。確認しましょう。
㊲ ELISAプレートをアルミホイルで覆う。
㊳ アルミ箔で覆ったELISAプレートを室温で12分間静置する。
発色反応停止液の添加
㊴ P-200ピペットを使い、各ウェルに発色反応の停止液を 50 µl ずつ加える。

HRPの酵素反応を止めるために、酸性の停止液を加えると、反応によって生じた青色が黄色に変化します。この黄色の濃さが、ウェルに捕まえたIgAの量を示しており、IgAがどれくらい含まれているかを知る手がかりとなります。
㊵すべてのウェルに停止液を加え終わったら、プレートシールを左右反転させてELISAプレートに貼り付ける。
吸光度計での測定
㊶ チューターの説明を受けながら、『プレートリーダー Nivo』(右図)で測定をおこなう。測定結果はフラッシュメモリに保存する。


みなさん、実習はいかがでしたか?
発色反応では、IgAが存在すると青色になります。発色反応の停止液を加えると、青色から黄色に変化します。この変化を実際に観察することでよりELISAの仕組みを理解できたのではないでしょうか?
また、コントロール(基準)となるIgA希釈系列の発色と比較することで、ELISAではどのように目的物質を定量するのか、また自身の唾液にどのくらいIgAが含まれているのかを考察してみましょう。
さらに、本日は3Dプリンタで作成したIgA分子モデルを受講記念としてお渡しします。これにより、IgAの構造や機能についての理解が深まることを期待しています。
実習に取り組む受講生の姿
新型コロナウイルス感染症が社会に与えた影響を背景に、『感染とがん』というテーマが非常に身近に感じられたこともあり、受講者全員が意欲的に取り組んでいる印象を受けました。特に、普段触れる機会のない実験機器を自分の手で操作する体験に新鮮さを感じ、実験への興味を深めていたようです。


また、免疫学の基本を学び、新型コロナ抗原検査にも応用されている技術ELISAに触れることができた点は、受講者にとって大きな知的刺激となったように思えました。IgAのELISA測定では、手順に従って検量線用サンプルや自分の唾液検体、試薬を添加していくシンプルな流れを実践しました。発色した測定結果を自分の目で確認することで、操作のばらつきが誤差につながることを理解し、実験の奥深さと難しさを実感していたようでした。


さらに、研究室訪問や実験中の研究員との交流を通じて、研究者の日常や仕事への理解を深める機会も提供されました。このような体験は、受講者の将来の進路選択に良い影響を与えるきっかけとなったのではないかと感じます。
アンケート結果
今回の公開講座に参加された皆さんから、以下のような感想をいただきました。 これらの声は、公開講座がとても有意義であったことを示していると思います。 参加者の皆さんの感想の一部をご紹介します。
- 先生方が優しく、様々なことを体験させてくださって実りある一日を過ごすことができました。また、将来の職業について考える良い機会になり、とてもいい経験が出来ました。
- ピペットマンを使う速度がだんだん慣れてきて、早く操作できるようになったことが印象に残っています。
- IgAの分子模型が意外に精密で感動した。
- とても丁寧にがんやIgAについて教えていただいてとても勉強になりました。研究で使う器具をたくさん使うなど、貴重な経験ができました。また参加したいなと思いました。
- 将来、がんについて研究をしたいと思っていたので、今回実際に体験することができたのでさらに思いが強くなりました。
- 研究室の様子や研究の内容についても実験と実験のあいだの時間で見ることができてとても勉強になりました。研究者の方々がそれぞれ異なるバックグラウンドを持つ中で、一緒に研究をやっていることを聞きました。ありのままの研究者の姿が見られて、改めて理系の研究者の方々の日々が興味深かったです。また、データ解析のときに研究者の方のリアルな会話を聞くことができて、しかも意味がちゃんと理解ができたのは嬉しかったです。
後記
今回の公開講座『未来の科学者へ – 感染とがんの謎に挑め -』では、高校生の皆さんが免疫学やがん研究の基礎に触れ、実験を通じて貴重な学びを得る場となりました。ELISA技術を用いたIgA測定では、その仕組みや正確な操作の重要性を理解し、さらに得られた結果をどのように解釈するかを考える体験ができました。皆さん、熱心に取り組む姿がとても印象的でした。
アンケート結果からも、受講生の皆さんが高い満足度を感じ、将来の目標や夢に向けて意欲を高めた様子がうかがえました。この体験が、進路やキャリアを考えるきっかけとなれば幸いです。
最後に、講師の田口先生をはじめ、温かく指導してくださった研究員やチューターの皆様、そして講座に積極的に取り組んでくださった高校生の皆さんに心より感謝申し上げます。この講座が、皆さんの中に科学への探究心を育み、未来への一歩を踏み出す契機となることを願っています。
【イラスト・画像の引用元について】
本記事内で使用されたイラスト・画像は、愛知県がんセンター研究所様のご厚意により、同研究所からご共有いただいた資料の一部を引用させていただいております。