2023年8月25日 Lab.Firstを公開しました。

iGEM Qdai 2023前編 ナイロン6の分解促進でサスティナブルな社会を目指して

サステナビリティ

 世界中の学生が合成生物学の力を活用し、革新的なアイデアを競い合う場『 iGEM(The international Genetically Engineered Machine competition)』。毎年秋に開催されるこの“合成生物学のロボコン”は、科学技術の未来を担う若者たちにとって、知識と創造力を試す絶好のチャンスです。

 2023年、この舞台に挑んだのは、九州大学の学部生を中心としたチーム『iGEM Qdai』。彼らは、環境問題に立ち向かうテーマ『ナイロン6の分解促進』に取り組み、パリで開催された世界大会に出場しました。この記事では、リーダーの実下(じつした)さんをはじめ、メンバーの溝口(みぞくち)さん、西村さんへのオンラインインタビューを通じて、チームの活動の背景や挑戦の軌跡を振り返ります。

 前編の今回は、iGEMに参加したきっかけや取り組んだテーマの概要、さらにプロジェクトを進める中で直面した山あり谷ありのエピソードに迫ります。目標に向けて真剣に挑戦するからこそ生まれる、本音トークもお楽しみに!

インタビューメンバーの紹介

※2024年3月時点の情報を記載しています。

実下 愛梨(じつした あいり)さん

九州大学 農学部 2年 iGEM Qdai 2023 リーダー

iGEM活動には前年度から参加している実下さん。今年はリーダーとしてチームをまとめる役割を担いました。リーダーとしての責任を感じ、メンバーと協力しながら、困難な課題に向き合っている様子が伺えました。

溝口 春菜(みぞくち はるな)さん

九州大学 理学部 化学科 2年

将来の夢は研究者。その夢に近づくための第一歩として、iGEM活動に挑戦しました。実験や準備を着実に進める姿勢が印象的で、チーム内でも努力家として知られる存在です。コツコツと取り組む姿勢が、プロジェクトを支える力となっています。

西村齊明(にしむら なりあき)さん

九州大学 理学部 生物学科 1年

溝口さんとともにラボでの実験をメインに担当。目標意識が高く、その目標を実現するために自ら考え行動する姿が印象的です。彼もチームにとって頼りになる存在として活躍しています。

iGEM の舞台を目指して 3人の始まりの物語

インタビュアー:本日はよろしくお願いいたします。はじめに、なぜiGEMに参加しようと思ったのですか?参加のきっかけを教えてください。

実下さん:それぞれで意見が違う可能性があると思います。まず私から話しますね。
私は昨年度から参加していた関係で今年も参加しました。昨年は知識も経験も全くなくて、全然プロジェクトの中心で活動できていなかったんです。2023年度はきちんとプロジェクトの中心で経験を積みたいと思って参加しました。

実下 愛梨 さん
西村 齊明 さん

西村さん:高校1年生か2年生くらいのときに父親から合成生物の本をもらって。『我々は生命を創れるのか』というタイトルの本なんですけど。その中に細胞膜の作り方が書いてあったんですが、家のキッチンにあるようなもので作れるということに衝撃を受けたんです。それがこの分野に興味をもったきっかけでした。そして、大学でそういった分野の大会にでるチームがあるっていうことを調べて九州大学に入学しました。

インタビュアー:その本はiGEM Qdaiに参加する理由だけでなく、九州大学に入学する理由にもなったんですね。ちなみに生命はつくれそうですか…?(笑)

西村さん:生命をつくるのは難しいですね。そもそも、生命の定義づけをするのが難しいです。でも、いつかはつくれるのでは、と想像しています。

溝口さん:私はサークルを紹介するようなところにいった時、iGEM Qdaiのメンバーに声をかけてもらいました。その時点ではiGEMについて詳しく知らなかったのですが、自分も何かの役にたてるのではないかな、と思って入りました。きっかけとしては、ちゃんとしていませんね。

インタビュアー:きっかけは後付けでも良いと思いますよ。何か溝口さんの光るものがあったからメンバーにスカウトされたのではないでしょうか!チームは7人だったと思いますが、あっていますか?

溝口 春菜 さん

実下さん:最初は9人だったのですが、最終的に7人になりました。メンバーの役割は明確に分かれていなかったのですが、あえて分けるとすれば、今いる溝口さんと西村さんがWet担当(試薬を使った実験や生物・化学物質を直接扱う作業を指す)、スポンサー担当が1名、Dry担当(設計やシミュレーション、データ解析、プロジェクト管理など実験以外の作業を指す)1名、広報担当1名、そしてWiki担当1名、といった形になります。

インタビュアー:少数精鋭なので、相談したり助けあったりしながら活動されていたのではないかなと想像しております。溝口さんと西村さんは近しいことを担当していたんですね。

西村さん:基本的にはそうですね。やっていたことは近かったと思います。

インタビュアー:メンバーの集め方は、X(旧 Twitter)での発信、学内のお知らせ、学内でのスカウト、というお話が少しありましたらでしたが、その他にもありますか?

実下さん:知り合いにも声をかけました。すごく宣伝したとは言えないかもしれませんが…(笑)。

インタビュアー:他大学への募集はしましたか?伝統的に九州大学の中でチームを組んでいるのでしょうか?

実下さん:実は他大学の方1名、社会人の方1名がいました。合成生物学の分野に興味を持っている人が学内だけでは見つけにくいですし。それに、学外の方と関わることで視野が広がり、さまざまな意見が得られるのではないかと思ったので、学外の方とも一緒に取り組みました。将来的にはインカレサークルを目指したいですね。

サステナブルな未来を目指して 衣類廃棄問題に挑戦

インタビュアー:iGEM 2023のテーマ決めはいつ頃から始めましたか?

実下さん:2023年の1、2月くらいから始めました。

溝口さん:私がチームに入った頃は、事前にディスカッションするお題を聞いて、それに対して自分の意見をあらかじめまとめたうえでミーティングに参加していました。ミーティングでは意見をだしあって、これが良いとか悪いとかを調べながら話し合っていました。

インタビュアー:自分の意見を伝えつつ、皆と話し合いながら進めていた、という感じですね。次は研究テーマの概要を教えていただけますか?

実下さん:今回のテーマは『Nylon Cycle』です。このプロジェクトでは、世界中で問題になっている衣類廃棄物、特にナイロン製品のリサイクルに取り組んでいます。私たちは、大腸菌を使ってナイロンを分解する方法を開発して、安くて簡単にできる衣類のリサイクル技術の確立を目指しています。

本当は服全体をリサイクルしたかったんですけど、それはさすがに難しいと思って、まずはリサイクルの妨げになる染料を取り除くことを考えました。でも、それが想像以上に大変で……。いろいろ試していく中で、ナイロン6なら自分たちで分解できそうだって分かったので、最終的にそれをテーマに決めたんです。

テーマを決めるまでは、本当にテーマの案を出しては却下するの繰り返しでした。その時点ではメンバーもまだ少なくて、最初は2人くらいでやるつもりだったんです。でもナイロン6の分解をテーマに決めてからは、メンバーも増えて、今ではみんなでこのテーマに取り組めて良かったなって思います。

西村さん:資料、お待たせしました。ええと……ですね。今回のプロジェクトの背景として、主に2つのことを考えていました。

1つ目は、日本で1日あたり1,200トンもの服が捨てられている現状です。この状況は、資源の有効活用という観点から大きな問題だと思いました。捨てられている服の中にはナイロン6が多く含まれているので、ナイロン6を分解することで、この社会課題を少しでも解決できないかと考えました。

2つ目は、ちょっと別の視点になるんですが、海洋汚染についてです。ドキュメンタリー番組で、漁網に絡まってしまった亀の映像を見たことがあります。その漁網にもナイロン6が含まれていて、こういった海洋汚染の問題も解決できたらと思いました。

インタビュアー:背景の説明をありがとうございます。具体的にどんな方法でこの問題を解決しようと考えたのですか?

西村さん:この図(右図)をみてください。チームでは、ナイロン6を分解して、緑の矢印の方向にあるアジピン酸まで到達させる過程を、生物の酵素を使って促進しようとしました。ラボレベルではこのプロセスが可能だと分かっていたので、将来的には工業的な実用化も視野に入れていました。

その中でも特に注目したのが、2段階目の反応です。6-アミノヘキサン酸からアジピン酸セミアルデヒドを生成する反応を、効率化できないかと考えました。この過程では副産物としてアラニンが発生するのですが、このアラニンを基質にしてピルビン酸を生み出す新しい経路を作れれば、反応をさらに効率的に進められるのではと考えたんです。

その新しい経路を作るために、大腸菌を活用しました。これが方法の概要です。

溝口さん:ナイロン6を分解する反応で、アミノ基がピルビン酸のカルボキシル基と交換される反応がありますよね?その反応が進むと、どんどんアラニンばかりが生成されて溜まってしまうんです。そこで私たちは、大腸菌にアラニンを取り込ませて、反応に必要なピルビン酸を作らせる仕組みを考えました。

インタビュアー:大腸菌からピルビン酸が生成されて、そのピルビン酸にナイロン分解酵素が働くことで副産物としてアラニンが生まれる。そして、そのアラニンが再び大腸菌に取り込まれて、大腸菌内のアミノ基転移酵素によってピルビン酸に戻る……という流れですよね?大腸菌がナイロン分解酵素の働きを補助しているようなイメージでしょうか?

西村さん:はい、『補助』という言葉がぴったりだと思います。もともとナイロン6からアジピン酸まで分解されるベースの経路があって、その上に新しい代謝経路を“カポッ”と乗せて、その反応を補助するようなイメージですね。

インタビュアー:このときの大腸菌は液体培養ですか?大腸菌をフィルターで通すような方法で実用化を考えていたのでしょうか?

溝口さん:実用化を考えるときには、液体培養をイメージしていました。

仮説通りにいかない実験に奮闘する日々

インタビュアー:研究テーマの概要についてお話いただきありがとうございます。では次に、ラボでどのような実験を行ったのか教えていただけますか?

西村さん:わかりました。まず、大腸菌がアラニンを取り込んで、ちゃんとピルビン酸を生成しているかどうかを確認する実験をしました。ただ、正直なところ、思った通りにはなかなかいかなかったんです。

具体的には、作った大腸菌をアラニン溶液に入れて、その培地中のピルビン酸濃度を測りました。理論上は、反応がうまくいけばアラニンからピルビン酸が生成されて、培地中のピルビン酸濃度が上がるはずだと予想していたんです。でも実際には、逆にピルビン酸濃度が下がってしまいました。

そこで、4つの条件を設定して実験を行いました。この黄色の折れ線グラフ(右図)の条件が、私たちが最も期待していた条件です。ですが、結果を見ていただくとわかる通り、他の3つの条件と比べてもピルビン酸濃度が明らかに下がっているんですよね。

インタビュアー:それは残念でしたね。どうしてそうなったのだと思いますか?

西村さん:フランス大会での発表後に追加実験を行い、その結果から2つの可能性が考えられるようになりました。

1つ目は、大腸菌内で生成されたピルビン酸を外に排出する膜タンパク質が、うまく機能していないのではないかという説です。2つ目は、大腸菌が自らピルビン酸を取り込んでしまい、濃度が思うように上がらなかったのではないかという説です。

これを確認するために、大腸菌内のピルビン酸濃度を直接測定しました。その結果、時間が経つにつれて大腸菌内部のピルビン酸濃度が徐々に上昇していることがわかりました。

インタビュアー:そうだったんですね。追加実験の結果がパリ大会に間に合わなかったのは本当に残念ですが、それでも『なぜそうなるのか』を探るために試行錯誤された行動が素晴らしいと思います!

後編に向けて

 iGEM Qdaiチームは、世界的な課題である衣類廃棄物の解決に向け、ナイロン6の分解を促進する技術の研究に取り組んできました。各メンバーが異なる背景や動機を持ちながらも、合成生物学という共通のフィールドで力を合わせ、世界大会への挑戦を通じて数々の課題に向き合いました。

 前編では、彼らがiGEMに参加したきっかけや、ナイロン6の分解をテーマに選んだ経緯、さらに実験で直面した困難について語っていただきました。仮説通りにいかない実験結果に苦悩しながらも、『なぜそうなるのか』を探るための試行錯誤を重ねた姿が印象的でした。

 後編では、チーム運営や各メンバーの想いにさらに深く迫ります。それぞれの個性や目指す未来が交錯する中で、彼らが今後どのような挑戦に向き合おうとしているのか、現在の取り組みについても伺います。

▶『 iGEM Qdai 2023後編 ナイロン6の分解促進でサスティナブルな社会づくりに挑戦!』はこちら

【イラスト・画像の引用元について】

本記事内で使用されたイラスト・画像は、iGEM Qdai2023様のご厚意により、ご共有いただいた資料等の一部を引用させていただいております。