2023年8月4日(金)、愛知県がんセンター研究所で開催された高校生向け基礎実験体験講座『未来の科学者へ – 感染とがんの謎に挑め -』では、高校生が感染症とがんの関連を科学的に考えるきっかけを得ることを目指しました。本講座は、2019年以来4年ぶりに愛知県がんセンター研究所で開催され、応募者は40名以上にのぼり、その中から厳正な抽選で選ばれた14名が参加しました。
本講座では、酵素結合免疫吸着測定(Enzyme-Linked ImmunoSorbent Assay; ELISA)キットを使い、参加者が自らの唾液検体中の免疫グロブリンA(IgA)を測定。基礎科学から応用技術、さらに臨床検査に至るまでの医学研究の重要性を学ぶ機会を提供しました。また、研究室の見学や研究者との直接の交流を通じて、研究者や医療従事者としてのキャリアを考えるきっかけも得られる内容となっていました。
今回は、この講座を前編・後編の2回に分けてレポートします。前編では、講師の田口先生とコウタイガーの会話を通じて、免疫の仕組みや病原体感染とがんの関係を解説。また、IgAを測定するための『ELISA』技術についてもわかりやすくご紹介します。ぜひご覧ください。

講師紹介
講師は田口歩(たぐち あゆむ)先生。愛知県がんセンター 分子診断トランスレーショナルリサーチ分野の分野長であり、名古屋大学大学院医学系研究科 がん先端診断・治療開発学講座 先端がん診断学分野の連携教授を務めてらっしゃいます。
田口先生は、がんの早期診断や治療個別化に向けた血液バイオマーカーの探索や、網羅的分子プロファイリングによるがんの分子病態の解明、新規治療標的分子の同定など、多岐にわたる研究を手掛けておられます。特に、プロテオミクスに重点を置き、革新的な解析技術の開発を通じて、次世代のがん研究を切り拓くことを目指して活動されています。
さらに、名古屋大学大学院での教育活動を通じて次世代の研究者育成にも尽力されています。名古屋大学呼吸器内科やMDアンダーソンがんセンターとの国際共同研究では、肺腺がんの予後不良なサブタイプにおける高悪性化のメカニズムを解明するなどの研究成果をあげられています。

今日は私たちと一緒に、がん研究の一端に触れてみましょう。がん研究と聞くと難しく感じるかもしれませんが、少しずつ理解を深めるので大丈夫です。
私ががん研究を続けているのは、がん患者さんとそのご家族が希望を持てる未来を実現するためです。そのためには、まだ解明されていない課題がたくさんあります。しかし、みなさんのような未来の科学者が、新しい発見や治療法を切り開く鍵になると信じています。今日の経験が、科学への関心をさらに深める一助となれば幸いです。
田口先生に聞いちゃおう!免疫と病原体、がんの関係
新型コロナウイルス感染症のパンデミックは、私たちの日常生活に大きな影響を与えました。この経験を通じて、多くの人々が感染症や免疫システムの仕組みに関心を持つようになったのではないでしょうか。
今回の公開講座では、唾液中に分泌される免疫グロブリンA(IgA)の測定を通じて、免疫システムがどのように感染症に対応するのかを学びます。また、病原体の感染ががんの発生にどう関与しているのかについても触れ、免疫システムの役割について理解を深めていきます。
IgAを測定する実習に進む前に、コウタイガーと田口先生の会話形式で、免疫システムの基本的な仕組みや病原体感染とがんの関係、そして実習で使用するELISA法についてご紹介します。

田口先生、『免疫グロブリンA(IgA)』って何ですか?

免疫グロブリンA(IgA)は、体内で作られる抗体の一種です。抗体は、ウイルスや細菌などの病原体に結びつき、それらを無力化したり、排除したりする働きを持っています。中でもIgAは、唾液や鼻水、涙といった分泌液に多く含まれ、私たちの体を守る重要な『防御バリア』として機能しています。
たとえば、唾液中のIgAは、口の中に侵入したウイルスや細菌に素早く結合し、それ以上体内に入り込むのを防ぎます。このように、IgAは体の『第一防衛ライン』として、感染のリスクを減らす役割を担っています。

感染症とがんってどんな関係があるんですか?

感染症ががんの原因になることがあるんですよ。たとえば、ピロリ菌という細菌が胃がんを引き起こすことや、B型やC型肝炎ウイルスが肝臓がんの原因になることがわかっています。また、ヒトパピローマウイルス(HPV)は子宮頸がんの主な原因として知られています。このような感染症が原因で発生するがんは、全体の約3割を占めると言われていて、感染症に対処することががん予防にとっても非常に大切なんです。
たとえば、HPVワクチンやB型肝炎ワクチンを接種したり、ピロリ菌の除菌治療を受けることで、感染症が原因となるがんを予防できる可能性があがります。
さらに、普段から自身の免疫システムを元気に保つことも重要です。栄養バランスの良い食事、十分な睡眠、適度な運動を心がけて、免疫力を高めましょう。

今日の実習でおこなう『ELISA』って何ですか?なんだか難しそうですね…

『ELISA(イライザ/エライザ)』は、『Enzyme-Linked ImmunoSorbent Assay』の略で、日本語では『酵素結合免疫吸着測定』と呼ばれる技術です。少し難しく聞こえるかもしれませんね。この方法は特定のタンパク質を正確に測定できる、とても便利なものです。
先ほどから話題にあがっているIgAも、タンパク質の一種で、唾液中に含まれる重要な成分です。IgAの量を調べる際にELISAを使えば、ほんの少量の唾液からその濃度を正確に測定することができます。これにより、免疫システムが病原体にどの程度対応しているのかを具体的に評価することができます。
さらに、ELISAは特異性が非常に高い仕組みを持っています。この特性によって、目的のタンパク質だけを選択的に検出することができます。そのため、病気の診断、感染症に対する免疫応答の評価、さらにはワクチンの効果測定といったさまざまな分野で幅広く利用されています。

『ELISA』ってとても便利なんですね!どうやってやるんですか?

今回は、ELISAの中でも『サンドイッチ法』という方法を使って実習を行います。この方法では、目的のタンパク質に特異的に結合する抗体(捕捉抗体と検出抗体)を使用し、その量を測定します。サンドイッチ法のおおまかな手順は次のようになります。
① 捕捉抗体の固定化
最初に、測定したい目的タンパク質(今回は唾液中のIgA)に特異的に結合する捕捉抗体をELISAプレートに固定(固相化)します。このステップで、目的タンパク質を捕捉する準備を行います。
② 試料を反応させる
次に、唾液試料をプレートに加えます。試料中のIgAが捕捉抗体に結合します。このステップで、目的タンパク質がプレート表面に捕捉されます。
③ 検出抗体を反応させる
続いて、IgAに結合する検出抗体を加えます。この検出抗体には酵素が標識されており、目的タンパク質の存在を可視化する役割を果たします。
この際、捕捉抗体と検出抗体がそれぞれ目的タンパク質の異なるエピトープに結合します。エピトープとは、抗体が認識して結合する特定の構造や部位を指します。このように2種類の抗体が異なるエピトープに結合することで、ノイズが少なくなり、目的タンパク質を高い特異性で検出することができます。
④ 洗浄と酵素活性の検出
余分な試薬を洗浄で除去した後、基質を加えます。基質は酵素と反応して発色し、その色の濃さを専用機械で測定します。発色の強さはIgAの量に比例します。

この方法の大きな利点は、特異性が非常に高く、目的のタンパク質を正確に検出できる点です。捕捉抗体と検出抗体が異なるエピトープに結合することで、ノイズを大幅に抑え、信頼性の高い測定が可能になります。この高い特異性と精度が、サンドイッチ法が広く活用される理由です。

加えて、もう少し今回の実習について詳しく説明すると、使用するELISAキットでは次のような反応が起こります。
① 捕捉抗体の固定化
今回使用するELISAプレートには、小さな穴(ウェル)があいていて、ウェルにはIgAを捕まえる捕捉抗体があらかじめ固定されています。
② 試料を反応させる
唾液サンプルをウェルに入れます。唾液の中に含まれるIgAが、ウェルの中の捕捉抗体に引っかかり、結合します。
③ 検出抗体を反応させる
ビオチン化(ビタミンB群の一種であるビオチンを結合させる処理のこと)された検出抗体をウェルに加えます。この検出抗体は、補足抗体とは別のエピトープに結合します。
④ 発色を起こす複合体を添加する
ストレプトアビジン(ビオチンと結合するタンパク質)とHRP(ホースラディッシュペルオキシダーゼ)という酵素を化学的に結合させた複合体を加えます。ストレプトアビジンは検出抗体に結合しているビオチンと強く結合します。この結合を通じて、酵素(HRP)がIgAに間接的に取り込まれた形になります。
⑤ 基質の添加と発色
HRPの酵素反応を起こすための基質を加えます。HRPが基質を分解することで、青色が発色します。その後、反応を止めるために酸性の停止液を加えると青色が黄色に変化します。この黄色の濃さが、ウェルに捕まえたIgAの量を教えてくれるのです。
⑥ 発色の測定
専用の機械で黄色の濃さを測定します。黄色が濃いほど、唾液中に含まれるIgAの量が多いことを示します。

こういう仕組みでELISAは目的のタンパク質を正確に測定できるんですね。これから実習をすることでもっと理解できるようになりたいです!
後編に向けて
前編では、田口先生とコウタイガーの会話を通じて、免疫システムの基本的な仕組みや病原体感染とがんの関係について学びました。また、免疫グロブリンA(IgA)を測定する技術『ELISA』の原理と手順をご紹介しました。
後編では、いよいよ高校生たちが自分の唾液を用いてELISAを体験する実習の様子をお届けします。実習をとおして免疫学の基礎を体感し、学びを深めていく姿をぜひご覧ください。また、実習を通じて彼らが感じた気づきや、科学の魅力をどのように受け止めたのかもお伝えします。
▶『愛知県がんセンター 公開講座2023後編 未来の科学者へ – 感染とがんの謎に挑め -』はこちら
【イラスト・画像の引用元について】
本記事内で使用されたイラスト・画像は、愛知県がんセンター研究所様のご厚意により、同研究所からご共有いただいた資料の一部を引用させていただいております。