文部科学省が平成27年に公表した『国立大学経営力戦略』では、科研費などの公的資金だけでなく、民間企業との共同研究や寄付金により、大学予算を多元化するよう推奨している。この予算の多元化の一つとして、クラウドファンディング(以下、CF)で研究費を獲得する研究者も増えてきた。今回、大学公認のもとCFを実施し、見事成功させた琉球大学熱帯生物圏研究センターの松﨑吾朗先生(教授)、高江洲義一先生(准教授)に話を伺った。
CFを利用したきっかけを教えてください!
高江洲先生
我々はこれまでの研究から、結核菌の排除に重要な炎症性サイトカイン(IL-1β)の産生を阻害する「Zmp1」という病原タンパク質に注目しており、これを阻害するタンパク質抗体を作製すれば新規抗結核薬の開発に繫がるという考えのもと、現在研究を行っています。
ご存じの通り、科学研究費助成事業(科研費)など通常のグラントa)を獲得するには出資の説得材料となる予備実験のデータ提出などが求められますが、当時はこの研究をゼロから始めようという段階で、参考となるデータが全くない状態でした。予備実験とはいえ、データ収集にもお金がかかりますし、どうしたものかと困っていたところ、松﨑教授から「CF で研究費を集める方法があるから、検討してみては?」という提案がありました。
CF 自体は聞いたことがありましたが、実際に利用したことはなく、無名の研究者の、しかも一般には馴染みの薄い基礎研究を支援してくれる人がいるのかと、最初は半信半疑でしたね。ですが、「やってみてダメでも経験にはなるだろう」と半ば実験的に実施を決断しました。
研究の見通しが立っていたことも、CF を決めた理由の一つ
もともと研究のシナリオとしては、①タンパク質抗体の作製(結核菌病原因子に結合する遺伝子組換えタンパク質のスクリーニング、細胞膜通過性組換えタンパク質の作製、大量生産系の確立)、②病原因子を阻害できるかどうかなど作製した抗体の機能評価(結核菌感染マクロファージ内でのブロッキングタンパク質結合の確認、免疫応答増強効果の検証)―という2 段階を計画していました。また、作製予定のタンパク質抗体は、ラクダ科の重鎖抗体由来の抗原結合ドメイン(VHH、別名Nanobody®)というファージを使った小さな抗体なので、抗体の機能評価も含めて60 万円程度と開発費はあまりかからない見込みでした。このように研究のシナリオも経費も具体的な見通しが立っていたため、CF を進めやすいのではないかと思ったことも実施を決めた理由の一つです。
もちろん、「結核菌病原因子Zmp1 を阻害する抗結核薬」の可能性を探るには先ほどのシナリオだけでは不十分ですが、CF で集めた資金をもとに予備実験のデータを収集し、それを材料として科研費を獲得し本格的に研究を進めようという目論みでしたね。
CFの準備はどのように進めましたか?
2019 年4 月にCF の実施を決めた後、まず始めに相談したのが本学の基金室です。当時から本学はCF の規定を策定していたものの実際に行った例はなく、今回が大学公認の初めての試みとなりました。大学側としてもCF 規定の検証や新たな予算の可能性を探るためにCF を活用したいと思っていたようで、打合せはスムーズに進みましたね。大学基金室との初回打合せからCF が終了するまでのスケジュールは図1 の通りです。
Step 1 目標金額の設定
今回のCF では、アカデミスト株式会社が提供する学術研究向けのCF プラットフォーム「academist」を利用しました。これは他のCF と同様、研究者がプロジェクトを実現させるためにインターネット経由で世界中に支援をよびかけ、支援金を募るという方法です。CF は、支援の見返りのない寄付型と、支援額に応じてリターンを提供する購入型の大きく2 種類に分けられますが、やはりリターンがあるほうが支援されやすいようで、購入型を選択しました。
また、支援金獲得のシステムとしては、①目標金額が未達成だと、資金が全く得られないパターン(All or nothing)と、②目標金額がたとえ未達成でも、集まった分の資金は得られるパターン(All in)が用意されています。自信も経験もないので後者を選択したくなりましたが、アカデミストから「前者のほうがよりプロジェクトの本気度が伝わって、支援者の『少しでも多く支援してあげたい』という気持ちを引き出す」との助言があり、結果、前者を選択しました。
目標金額については自分たちで設定できるので、大きく掲げることも可能です。ただし、達成しないと支援金が全く得られないというプレッシャーもあるので、高望みせず、実験に必要な経費と手数料(academist の場合は支援総額の2 割程度)を目安に目標金額は75 万円としました。我々の場合、想定よりも早い1 カ月半で目標金額を達成できたこともあり、後から目標金額を100 万円に再設定しました。たとえ100 万円に届かなくても、最初に設定した75万円は得られるので、まずは堅実な目標金額を設定し、達成できた後に+αを求めて目標金額を再設定するのが最も良いアプローチだと感じましたね。
Step 2 提供するリターンの設定
支援者に提供するリターンは、1,000 円~ 10 万円分まで設定しました(表)。本CF の実施後すぐに新型コロナウイルス感染症の流行があり、リターンに設定したサイエンスカフェは残念ながら開催が先延ばしとなっています。支援者の皆さんに直接御礼を伝えつつ、研究について広くご質問いただくような場を作りたいので、状況が落ち着いたらぜひ開催したいと考えています。
Step 3 Web 掲載用の文章作成
CF のプロジェクトページの作成にあたり、アカデミストから「その研究により、支援者の未来にどのような影響があるのかを明確に示すと成功しやすいので、多少抽象的でもタイトルや目的はより身近に感じる内容にしたほうがよい」というアドバイスがありました。アドバイスをもとに何度か話し合いを重ねながら、タイトルは「結核の新たな治療法として『免疫療法』を確立したい!」としました。タイトルだけみるとビッグマウスな印象を受けるかもしれませんが、大きな目標を前面に押し出すことで研究の目的がはっきりと伝わり、Web 閲覧者の目を引く効果的なタイトルになったと思います。
プロジェクトページのトップにはもともと結核菌の写真を配置する予定でしたが、こちらもアカデミストから「咳や胸痛などの結核症状が連想しやすいように」と、結核菌を感染させたマクロファージの蛍光免疫染色像と肺のX 線写真を重ねるという写真加工の提案があり、その案を採用することになりました(図2)。このあたりのアイデアは、研究者だけではなかなか思い浮かばないですね。
また、研究の概要を説明する文章は、理系出身者ではない方でもわかるようにと、予備知識を加えたり、専門用語を減らしたつもりでしたが、資金を募る側としてはその使い道の説明責任を感じ、説明が長くなってしまいました。本学の基金室担当者からは、「もっと簡単でもよかったかも」と後から言われましたね。市民向け講座や展示などで研究分野について話す機会が多ければ、一般の方への説明ノウハウも身に付くでしょうが、そのような機会は多くはありません。そういった意味でも、アカデミストや基金室など研究者以外の方からの意見は大変参考になりました。
(後編につづく)
掲載元:Lab First Vol.1