2023年8月25日 Lab.Firstを公開しました。

後編)YOUはどうして研究者に?―育児が忙しくてもシンプルに研究が好き

サイエンスシグナリングに掲載されたママさん研究者に聞くYouはどうして研究者にLab First

前編からのつづき)

見えない成果は、「ない」のと同じ

トップジャーナル掲載論文における日本のシェアは減少傾向にあり、わが国の研究力低下が指摘されています。コスト面がクリアできれば、これは克服されるのでしょうか。

コスト面以外でも改善が望まれる点はありますね。現在の日本の研究者は、特に任期付き雇用の場合、明確な成果がコンスタントに求められます。ご存じの通り、成果とは基本的に論文数や論文の引用数が目安となるため、いくら時間をかけてデータを集めても、論文が掲載されなければ「成果がない」と判断されかねません。そうなると、研究費の減額や自身の任期切れなど,研究活動に露骨に影響が出てしまうため、仕方なくデータを分割してインパクトファクター(IF) の低い雑誌に投稿するという研究者も多いと思います。

短期間で成果を出す“効率性”が求められすぎていることも、日本人研究者の論文が徐々にIF の高い雑誌に掲載されなくなっている理由の一つと感じています。私も今回の『Science Signaling 』への掲載準備を進めつつ、並行して他誌へも投稿していました。小さな成果を定期的に出しつつ、大きな成果を狙うのは簡単ではありません。

研究か出産か、2択を迫られる女性ポスドクも

日本の女性研究者の割合は他の先進国に比べ低水準ですが、出産、育児といったライフイベントを経験した女性が研究職を続けるのは難しいでしょうか()。

 女性研究者の割合の国際比較

以前に比べ、そうした制度や環境を整える職場も増えつつありますが、全体でみるとまだ子育てをしながら働く女性はとても少ないのが現状です。母親になるとはいえ、他の研究者と同様に成果が求められるため、特に任期付き雇用の場合、産休や育休による影響は無視できないものがあります。限られたリソースの中で研究と家庭の選択を迫られ、どちらかを断念した女性研究者も少なくないのではないでしょうか。個人の努力ではどうにもならない部分も多く、早くこうした制度が改善されることを願います。

私自身は家族の支えもあり、10 年程前に産休、育休を取得し、職場復帰することができました。それまでは研究に没頭する毎日でしたが、出産を機に子どもファーストになり、研究スタイルも変わったように思います。最初こそ限られた時間で成果を出せるのかと不安でしたが、知識や経験を積むなかで生産性を上げる術が身につき、今回のような大きな成果も諦めずにすんでいます。子どもファーストになったとはいえ、根底にある研究への強い思い、尊敬する先生方への憧れは変わっていません。研究と育児の両立は楽ではありませんが、性別にかかわらず好きなことを仕事にしているからには、覚悟が必要ですね。

コロナがママさん研究者の追い風に?

新型コロナウイルス感染症の影響で研究職にもテレワークが普及し、データの整理や論文執筆は家で行うようになりました。通勤時間の省略になり、子どもの帰宅時間まで集中して作業ができます。また、学会もオンライン開催や現地とのハイブリッド型開催が多くなりました。子どもが小さいと遠方開催の学会には行きづらかったのですが、オンラインで聴講できると学会参加のハードルもぐっと下がり、気軽に参加できるようになります。最近は、口頭発表もオンラインでできる場合がありますね。以前はあり得ないことでしたが、これらがポストコロナ社会にも根付いて、ママさん研究者の裾野も広がっていくと嬉しいです。

■掲載論文のご紹介
題名:The adaptor SH2B1 and the phosphatase PTP4A1 regulate the phosphorylation of cytohesin-2 in myelinating Schwann cells in mice.
掲載誌:Science Signaling  15 巻718 号(DOI:10.1126/scisignal.abi5276)
著者名:宮本幸、鳥居知宏、本間桂一、大泉寛明、大渕勝也、溝口和臣、高島晶、山内淳司
Abstract:
成熟髄鞘(ミエリン鞘)は、軸索を絶縁することによって神経伝達速度を向上させるとともに、ストレスや物理的損傷から神経線維を保護する。末梢神経系では、髄鞘はシュワン細胞によって生成される。グアニンヌクレオチド交換因子サイトヘシン2 は、タンパク質Arf6 を活性化させてシュワン細胞の髄鞘形成を促進する。本稿でわれわれは、サイトヘシン2 の調節について調べ、サイトヘシン2 のTyr381 のリン酸化状態がシュワン細胞の髄鞘形成にとって重要であることを明らかにした。(後略)