2023年8月25日 Lab.Firstを公開しました。

後編)YOUはどうして研究者に?ーがん免疫研究は眉唾ものだった

Lab First

前編からのつづき)

いつしか世界的な競争の中に――ノーベル賞受賞の連絡を共に聞いて

本庶先生は、「自分がもっている“ クエスチョン”を突き詰めて明確にする、そしてそのクエスチョンを大切に」とよく言っています。自分のクエスチョンについて、何が知りたいのか、それがどれだけ研究されているのか、何が新しいのか、今後重要になるのだろうかを厳格に見極め、クエスチョンに自信をもったほうが良い結果に結びつきやすいということです。その見極めのためにも、アンテナを張りつづける必要がありますね。

研究の経験を積み、こうしてクエスチョンを見極めていくうちに、研究成果の世界的レースに巻き込まれていくわけです。その昔、指導してもらった先生にいわれたのは、「世界中には必ず同じことを考え、研究する人が3 人はいる。研究は、その見えない人たちとの競争だ」ということです。世界中の見えない研究者との競争という状況も、研究者の醍醐味だろうと私はポジティブに受け止めていますよ。

―― 本庶先生のノーベル賞受賞の電話を、間近で聞いたと伺いました。

ちょうど私の論文について先生と相談していたときに、受賞の連絡の電話が鳴りました。非常に喜ばしいですが、まあ確実にとるだろうと思っていたので、遅いぐらいだと思いましたよ(笑)。ただ、そういった場面に立ち会うのは、一生にあるかないかですから、本当に良い経験になりました。

このような本庶先生のノーベル賞受賞の功績もあり、がん免疫の分野は確立されましたし、新薬も生まれました。ですが、やっと1 つの分野が開けただけで、まだまだ未知のことだらけなんです。PD-1 の効果は明らかにされましたが、なぜPD-1 ががんに効くのか、逆をいうと、なぜPD-1 が効かない人がいるのかもわかっていません。そこが面白いところです。それを突き詰めれば、効く人・効かない人の判別、また効き目の悪い人にはどうしたらよいか、ということが明らかになっていくでしょう。そういったなかで、どうやって自分のオリジナリティをだした研究をしていくかが重要だと感じています。

弾き語りでメンタルを鍛えた一面も

――研究以外に趣味やリフレッシュのためにされていることはありますか?

最近は全くですが、大学生の頃は、ギターやハーモニカを携えて、すすきのの道端で弾き語りをしていましたよ。かっこよくいえば、路上ライブです。演奏レベルは初心者ですけど。

実は、これも研究者になりたいという話に繫がるんですよ。もともと、ギターは好きでしたが、高校生の私は内向的のため人前で話したり大声を出したりするのは苦手で、大勢の前で弾くなんて考えられませんでした。しかし、一人前の研究者というのは人前で堂々と研究成果を発表し、大勢の関心を集めるものだと大学生の頃に気づいたんです。研究者になりたくて仕方なかった私は、早く自分の殻を破らなくてはと思い立ち、荒治療ですが人通りの多いすすきのでの弾き語りを自らに課しました。人々の関心を集めた、とは言えませんが、ハートは強くなったと思いますよ(笑)。

未来の研究者に向けて

―― 近年、日本の研究力低下がいわれていますね。研究者を志す学生を増やすには、どうすればよい
でしょうか。

研究者に憧れ、その面白さに無我夢中で没頭する人も一定数いるでしょう。ラボに籠りきり、不健康そうな顔をしていても、周囲の心配をよそに本人は意外とそういった状況も含めて楽しんでいる場合もありますよ。若き日の私のように。

まあ、そんな一部の変わり者はどんな環境でも研究を続けるでしょうが、そうではなく、科学に興味があって、大学院進学やアカデミアの研究者を選択肢の一つに考えているものの、「やっていけるのか…」と冷静に考えている、真っ当な若者の背中を押す手段を考えていかなければいけません。

スカラーシップで没頭できる環境づくりを

最近は、SNS の影響やマスコミの煽りもあり、研究者という職業に悲観的な印象をもつ若者も多いと思います。行政もわが国の科学技術力が落ちていることに危機感を感じて、徐々に色々な対策を練っています。以前に比べれば、明らかにスカラーシップの種類も増え、インターネットで探せば、何かしらの公募が簡単にヒットする良い時代です。

うちの研究室では、ほぼ全員の学生にスカラーシップをとらせています。学生なので業績はないですが、それでも通るものも多いですよ。例え落ちても申請書を工夫して違う種類のスカラーシップに再挑戦し、簡単に諦めてはいけません。それでもダメなら、返済の必要な奨学金を利用しましょう。というのも、生活のためとはいえ、アルバイトに時間を割いて研究時間が確保できなくなるのは本末転倒です。両立しようとして身も心も疲弊してしまうのは、どうにか避けてほしいところです。ですので、研究者を志すのであれば多少苦労してでもスカラーシップをとる必要がありますし、そのためのサポートを指導教員や大学側が積極的にすべきです。研究を志す意欲ある学生が、サイエンスに没頭し、その面白さを見出せる環境を整えることは、教員の責任でもあります。

入念な下調べで、自ら指導者を選ぶ

学士の段階ではどうしても視野が狭いので、最初に所属したラボで修士、博士課程に進まなければいけないと思いがちですよね。でも、そのラボに少しでも不安があれば、違うテーマや先生のもとに移るなど、自由に環境を変えていいんです。むしろ、ラボを変えて異なる考え方に触れたほうがメリットがあるかもしれません。

今は、異なるラボの研究内容やメンバーの論文情報も簡単に調べられます。行きたいラボを探すためには、中の人が書いた論文を読んで、どんなことを考えているのかを知り、気になったら実際に行って、教員と話してみるのが一番です。面倒に思えますが、企業の就活だって同じようなことが必要ですよね。むしろ就職と違い、学士、修士、博士、留学も含めると指導者を選ぶチャンスが4 回もありますから、きちんと行動して自分にあった良い環境と巡りあう努力をしてほしいです。

アカデミア研究者の給与アップが今後の課題

博士号を取得した人材が増えても、アカデミア研究者の給与を底上げしないと人が集まりませんね。欧米では研究成果を出せば出すほど給与が上がりますが、日本のアカデミアの研究者ではそう簡単にはいかないのが現実です。欧米にいる競争相手の研究者たちの年収を考えると、夢があるなぁ…と思いますよ(苦笑)。特に、若手研究者にとって給与の面は大事なモチベーションになりますから、そういった部分は変わっていってほしいです。

――未来の研究者を目指す学生へメッセージをお願いします。

少しずつではありますが、やる気のある若者が研究を続けるための環境は整ってきています。サイエンスに楽しさを見出した人は、その楽しさを一番の軸にして、あまり悲観的にならずに、勇気をもって突き進んでほしいと思います。

学生のうちに、とにかく楽しいと思える研究や、こんな研究者になりたいというロールモデルを見つけてください。これは、学生だけの問題ではなくて、指導者の努力も必要です。そういったものが見つかった学生は、ぜひ勇気をもって研究者の道へ一歩踏み出してほしいと思います。

■掲載論文のご紹介
題名:Spermidine activates mitochondrial trifunctional protein and improves antitumor
immunity in mice.
掲載誌Science, 378巻6618号, 2022年10月28日(DOI: 10.1126/science.abj3510)
著者名:Muna Al-Habsi, Kenji Chamoto,et al
Abstract:Spermidine (SPD) delays age-related pathologies in various organisms. SPD supplementation overcame the impaired immunotherapy against tumors in aged mice by increasing mitochondrial function and activating CD8+ T cells. Treatment of naïve CD8+ T cells with SPD acutely enhanced fatty acid oxidation. SPD conjugated to beads bound to the mitochondrial trifunctional protein (MTP). In the MTP complex, synthesized and purified from Escherichia coli, SPD bound to the α and β subunits of MTP with strong affinity and allosterically enhanced their enzymatic activities. T cell‒specific deletion of the MTP α subunit abolished enhancement of programmed cell death protein 1 (PD-1) blockade immunotherapy by SPD, indicating that MTP is required for SPD-dependent T cell activation.