宇都宮大学 公開講座レポート
ミジンコから学ぶ 生き物の形づくり ~遺伝子で決まる形と決まらない形~
本講座は高校生のみなさんに最先端のバイオテクノロジーに触れることで、科学に対する興味や関心を高めてもらうことを目的にしています。遺伝子組み換えやDNA鑑定に関する実験を行い、DNAを「見る・知る・触る」ことによって、バイオテクノロジーの基礎から実験までを体験します。
毎年、宇都宮大学 バイオサイエンス教育研究センターの主催でおこなわれ、2023年度は2日間のプログラムが計4回開催されました。人気の講座で本年度も多くの高校生が参加しました。
本稿では、2023年8月7日、8日の2日間にわたり開催された体験講座の中で、2つめの実験である大腸菌の遺伝子組み換えについてレポートします!
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体験講座 実施内容
実験2:遺伝子組み換え体験 クラゲの遺伝子を使って”光る大腸菌”をつくろう!
この実験の目的は?
実験1では、そもそも生き物の形にはどんな違いがあるのか、環境の影響でからだの形が変化する性質をもつミジンコを顕微鏡で観察しました(実験1の内容を確認したい方はこちら)
実験2では、紫外線を当てると緑色や青色に光る”蛍光タンパク質”をつくるクラゲの遺伝子を大腸菌にいれて”光る大腸菌”をつくります。この実験をとおして、遺伝子からからだをつくるタンパク質ができること、タンパク質をつくる働きをコントロールするスイッチが遺伝子にはそなわっていることを学びます。
遺伝子のはたらきをコントロールするスイッチと似た仕組みは、ミジンコだけでなく、わたしたちヒトの遺伝子にもたくさん備わっています。全身の細胞は全て同じ遺伝子を持っていますが、それぞれの細胞がさまざまな異なる働きをするのは、これらスイッチによってタンパク質が「いつ・どの細胞で・どんな環境の時に」作られるかがコントロールされているからです。
実験するための準備をしよう!
- チューブに入った大腸菌( Escherichia coli)液
- プラスミドDNA( pQEプラスミド アンピシリン耐性遺伝子と蛍光タンパク質遺伝子が入った環状の遺伝子)
- マイクロピペット、ピペットチップ
- ウォーターバス、チューブフロート
- LB培地 (液体と寒天)
- しんとう培養器
- 保温器
- スプレッダー
- 紫外線灯
- クラッシュアイス
遺伝子組み換えを体験しよう!
いよいよ大腸菌の遺伝子組み換え実験を行います!遺伝子組み換えというと難しい印象を持ちますが、実際はどのようにおこなうのでしょうか?実験の手順やその様子を見てみましょう。
クラゲなどの遺伝子がふくまれたプラスミドDNAを大腸菌に入れてみよう!(形質転換)
- 好きな色の蛍光タンパク質遺伝子( GFP(緑)、BFP(青)、RFP(赤)、YFP(黄) )を持ったプラスミドDNAを選びます。
- チューブに入った大腸菌液にプラスミドDNAをマイクロピペット 2 μl いれ、クラッシュアイスの上で5分間冷やします。
- 正確に 42 ℃ のお湯で 30 秒間温めます。
- 素早くクラッシュアイスの上に移して 2 分間冷やします。
- 4にLB培地 180 μl を加え、37 ℃ で 60 分間、しんとう培養します。
実験メモ
3までのステップでプラスミドDNAが大腸菌に取り込まれるよ!
外から遺伝子を入れて、その生き物の遺伝的な形や特徴を変化させることを形質転換(けいしつてんかん)って言うんだ。この技術は、遺伝子の研究をおこなう上でとても重要な技術の一つなんだよ。
大腸菌を増やそう!
- 以下の条件の寒天培地にそれぞれプラスミドDNAを取り込ませた大腸菌液 100 μl をマイクロピペットで落とし、スプレッダーでぬり広げます。
① アンピシリンあり+IPTGあり(選択あり スイッチON)
② アンピシリンあり+グルコースあり(選択あり スイッチOFF)
③ アンピシリンなし+IPTGあり(選択なし スイッチON)
④ アンピシリンなし+グルコースあり(選択なし スイッチOFF)
2. ①~④ を 37 ℃ で一晩、保温器内におきます。
補足:IPTGはラクトースに似たはたらきをする試薬です。アンピシリンは大腸菌の細胞壁形成する抗生物質。普通の大腸菌はアンピシリンがある環境で成育できません。
光る大腸菌を観察しよう!
- 寒天培地を観察します。選択あり培地では、プラスミドDNA を取り込んだ大腸菌だけが、アンピシリンがあっても死なずに分裂して増えるので、一晩たつと直径1~2 mm の菌の集団(コロニー)が寒天培地上にあらわれます。寒天培地に塗り広げた時は1つの大腸菌だったものが、一晩で目に見えるサイズまで分裂して増えます。また、選択なし培地と比較すると、どれくらいの割合で大腸菌にプラスミドDNAが取り込まれたのかがわかります。
- 紫外線を当てて大腸菌を観察します。スイッチオン培地だけで大腸菌が光ることを確認します。
バイオテクノロジー体験講座レポート vol.3に向けて
Vol.2では、大腸菌の形質転換やラクトースオペロンの仕組みを理解することで、遺伝子からからだをつくるタンパク質ができること、タンパク質をつくる働きをコントロールするスイッチが遺伝子にはそなわっていることを、受講生のみなさんは学んだようです。
Vol.3では、ミジンコの遺伝子を取り出して増やし、視覚的に確認します。生き物の形づくりにおける遺伝子の働きを学ぶとともに、同じ遺伝子を持っていても、生き物の形は環境の影響を受けて変化することを更に理解していきます。
PCRやゲル電気泳動という、実験2とはまた違った実験手法や器具、試薬が登場しますよ!!
▼ Vol.3はこちら
用語集&実験の補足
ラクトースオペロン
大腸菌は生きるためにグルコース(ブドウ糖)を消費します。グルコースがなく、ラクトース(乳糖 今回の実験ではIPTGをラクトースの代わりに使用)がある場合は、ラクトースを分解してできたグルコースを消費します。ラクトースの分解にはラクトース分解酵素が必要で、大腸菌はラクトースを感知するとラクトース分解酵素を合成し、ラクトースがなくなると合成を止めます。
ラクトース分解酵素はタンパク質からできていて、タンパク質は遺伝子(DNA)の働きによってつくられます。つまり大腸菌は、まわりにラクトースがあるか否かに応じて遺伝子の働きをコントロールし、タンパク質をつくったり、つくるのを止めたりするのです。
ラクトースオペロンとは、大腸菌をふくむ原核生物(核や細胞小器官をもたず、細胞壁などがある単細胞生物)がラクトースを消費するときに必要なタンパク質(ラクトース分解酵素など)の合成をコントロールする遺伝子とコントロールされる遺伝とを一つの単位としてとらえたもです。
ラクトースオペロンの概要を以下に解説します。
ラクトースオペロンの構造とはたらき
ラクトースオペロンは、図1のように大腸菌DNAのラクトース分解酵素の調節遺伝子、プロモーター、オペレーター、ラクトース分解酵素遺伝子で構成されます。
それぞれの遺伝子はこのようなはたらきをします。
- 調節遺伝子:ラクトースオペロンをコントロールする遺伝子。ラクトース分解酵素の合成を阻害するリプレッサー(タンパク質)をつくる。
- プロモーター:ラクトース分解酵素の転写が開始される遺伝子の領域。RNAポリメラーゼが結合するとここから転写がはじまる。
- オペレーター:リプレッサーが結合する遺伝子の領域。
- ラクトース分解酵素遺伝子:この領域が転写されるとラクトース分解酵素が合成される。
IPTGがなく、グルコースがある場合
ラクトース分解酵素は合成されません。このメカニズムは以下のとおりです。
調節遺伝子はmRNA(メッセンジャーRNA)に転写され、調節タンパク質(リプレッサー)が合成されます。リプレッサーはオペレーターに結合することでRNAポリメラーゼがプロモーターに結合するのを防ぎ、ラクトース分解酵素遺伝子からラクトース分解酵素がつくられることを抑制します(図2参照)。ラクトースがないのにラクトースを分解するための酵素を合成し続けるのは非効率なので、大腸菌にとってメリットがある仕組みですね。
ちょこっと解説 タンパク質ってどうやってできるの?
タンパク質の合成は、設計図であるDNAから遺伝情報のコピーであるRNAに写し取られることからスタートするよ(転写)。その後、RNAの情報を元にからだの中のアミノ酸を複数つなぎあわせてつくられるんだ(翻訳)。DNAがRNAに転写されたり、RNAがタンパク質に翻訳されたりすることを”遺伝子が発現する”って言うんだ。また、このDNA ⇒ RNA ⇒ タンパク質の全体的な流れを”セントラルドグマ”って言うんだよ(図3参照)。
IPTGがあり、グルコースがない場合
ラクトース分解酵素が合成されます。このメカニズムは以下のとおりです。
調節遺伝子から転写・翻訳されたリプレッサーがラクトースから誘導される物質(ラクトース誘導体)と結合すると、オペレーターと結合する部位の構造が変化してオペレーターと結合できなくなります。これによって、リプレッサーによる阻害がおこらず、RNAポリメラーゼがプロモーターに結合し、ラクトース分解酵素遺伝子が転写されることでラクトース分解酵素が合成されます(図4参照)。こうなると大腸菌はラクトースをエネルギー源として使えるようになります。
このように、大腸菌にも周りの環境に応じて遺伝子をコントロールする仕組みがあるのです。ここでは、ラクトース(IPTG)がラクトースオペロンをはたらかせるスイッチの役割をしていることがわかりますね。
大腸菌が光る仕組み
今回の実験では、アンピシリンがあるか否か(選択あり or 選択なし)、ラクトースがあるか否か(スイッチON or スイッチOFF)で大腸菌コロニーの現れ方や見え方に違いがありました。これはなぜ起こったのでしょうか?
これには、大腸菌の形質転換とラクトースオペロンのはたらきが関係しています。
アンピシリンは大腸菌の細胞壁合成を阻害する抗生物質です。通常、大腸菌はアンピシリンが存在する環境では生きられません。ですが、今回の実験のようにアンピシリン耐性遺伝子をもつプラスミドDNAを外から獲得(遺伝子組み換え)した大腸菌は形質転換をおこし、アンピシリン分解酵素をつくことで、アンピシリンが存在する環境で生きられるようになります(図5参照)。つまり、アンピシリンが存在する培地(選択あり)上でコロニーとしてあらわれた大腸菌は、プラスミドDNAを取り込めた大腸菌が増えたものです(図6参照)。
一方、アンピシリンが存在しない培地(選択なし)上でコロニーとして現れた大腸菌は、プラスミドDNAを取り込んだ大腸菌もいれば、取り込まなかった大腸菌もいます(図6参照)。
今回使用したpQE プラスミドは、ラクトースオペロンの先に蛍光タンパク質遺伝子が組み込まれています。そのため、ラクトースオペロンが働くと、その先にある蛍光タンパク質遺伝子もはたらいて蛍光タンパク質を合成します。光る大腸菌の正体は、この合成された蛍光タンパク質が紫外線をうけて光ってみえるからです。
IPTGがあるスイッチON培地では、大腸菌に取り込まれたプラスミドDNA由来のラクトースオペロンが働き、その先にある蛍光タンパク質遺伝子が転写され、蛍光タンパク質が合成されます。こうして、スイッチON培地の大腸菌は光るのです(図7参照)。
一方、スイッチオフ培地は、IPTGがないのでラクトースオペロンは働きません。それにともない、蛍光タンパク質をつくる遺伝子も働かないので蛍光タンパク質が生み出されず、紫外線を当てても光らないのです(図8参照)。
ここでは、IPTGが遺伝子のONとOFFを決める”スイッチ”となっていることが分かりますね。このように、遺伝子には周囲の環境条件がそろったときに働くものがあることがわかりましたね。
私たちコスモ・バイオは、「生命科学の進歩に資する」ことを第一の経営理念に掲げ、皆様に信頼される企業づくりを目指しています。この理念に基づき、今回のような、大学等が実施する公開講座の支援を通して、次の世代を担う“明日の科学者”にライフサイエンスの面白さと楽しさを伝えるお手伝いをします。
情報公開日:2024年3月
掲載元:コスモ・バイオ(株)公開講座応援団