2023年8月25日 Lab.Firstを公開しました。

(vol.1 前編: だしに迫る!)キッチンラボ!調理科学のおいしい世界

サステナビリティ

東洋大学 公開講座レポート

2023年8月29日(火)に、東洋大学板倉キャンパスにて、高校生を対象とした実験講座が開催されました。少し緊張気味の受講生を前に、講師の東洋大学食環境科学部食環境科学科准教授 露久保 美夏先生より、調理科学にまつわるお話がありました。

露久保先生
露久保先生

食品は調理によって、見た目、香り、味、食感等、様々な物理化学変化が起こります。今回の実験を通して、調理中に一体何が起きているのか、どのような変化が私たちに「おいしい」という感覚をもたらしてくれるのかについて、科学的な視点から迫ってみましょう!

今回は、「キッチンラボ!調理科学のおいしい世界」を大きなテーマとして、「だしに迫る!」「カップケーキに迫る!」の2つの調理実験を行いました。

今回参加されたのは、埼玉県立杉戸農業高等学校の食品流通課と生活技術科のみなさんです。杉戸農業高校の食品流通課では、普段の授業でもたくさんの調理実験を行っているとのこと。高校での授業の内容と、大学での研究内容はどのように違うのでしょうか?夏休み最後の特別な一日を取材してきました!

本稿では、「だしに迫る!」についてレポートします。


日常の食卓ではおなじみの「昆布だし」と「合わせだし」。普段何気なく使い分けているこの二つの「だし」にはどのような違いがあるのでしょうか?そして、その“違い”がうま味の感じ方にどのような影響があるのかに注目して実験スタートです。

【材料】
A:昆布だし:水600g、昆布18g、塩2g、しょうゆ15mL
B:合わせだし:水600g、昆布6g、鰹節6g、塩2g、しょうゆ15mL

ポイント:Aは昆布が全体の3%、Bは昆布が全体の1%しか含まれていないが、これが最後の旨味にどのように影響するか、に注目!

【使った器具と試薬】
L-グルタミン酸測定キット「ヤマサ」NEO
マイクロピペット、マイクロチューブ、マイクロプレート、マイクロプレートリーダー

実験の様子

「だし」をとる。(科学的に言うと、グルタミン酸を抽出する)

①鍋二つにそれぞれの分量の水と昆布を入れて30分放置します。

②液体を小さじ1/2程度とりわけ、グルタミン酸量の測定試料とします。(A1、B1)
 ※大さじ1ずつプラカップに取り分けておきます(味見用)

開始直後の昆布の様子。まだまだ固いまま

③鍋に火にかけ、弱めの中火でゆっくりと温度を上昇させます。

昆布のうま味成分であるグルタミン酸は、60℃付近で最も抽出されやすいとされています。弱めの中火でゆっくりと温度を上げ、 60℃付近を通過する時間をできるだけ長く保つのが大切です。

開始10分後。だんだんと色がついて昆布も広がってきました。

④沸騰直前に昆布を取り出します。

⑤「(A)昆布だし」は火を止めて、重量を測定し、出来上がり量が600gになるように調整します。グルタミン酸測定試料として小さじ1/2を取り分けます。(A2)

⑥「(B)合わせだし」は火を止めずそのまま沸騰させます。

沸騰直前に昆布を取り出した後の出汁の様子。昆布だしと合わせだしの色が違いますね。

⑦沸騰したら鰹節を加えて30秒間加熱を継続してから火をとめます。

鰹節の主成分であるイノシン酸は、低温で抽出すると魚の生臭さやえぐみが出てしまいますので、高温・短時間で抽出することがポイントです。

⑧鰹節を濾した後に、⑤の昆布だしと同様、出来上がり量が600gになるように調整します。グルタミン酸測定試料として小さじ1/2を取り分けます。(B2)

沸騰したら、鰹節を入れます。とってもいい香りが実験室に満ちています!
昆布だしと合わせだしの色を比較して観察します。
この色の違いは、どこからくるのでしょうか?色や味の違いを注意深く調査します。
香りにはどのような違いがあるのでしょうか?
この違いを書き出し、班のメンバーで意見交換します。どの班も積極的に発言していました。
何も言われなくても手の空いた人が積極的に片づけを始めていた姿がとても印象的でした。とっても手際がよく、次の手順に進むころにはキレイな机に戻っていました。さすがです!
余った出汁に調味料(塩、しょうゆ、お味噌等)を加えて味わってみました。「おいしさ」には旨みだけなく、それを引き立てる調味料が良い仕事をしてくれることを実感できました。

グルタミン酸量の測定

だしの調整が終わったら、いよいよグルタミン酸量を測定します。グルタミン酸の測定では、大学等の研究でも使用されている「L-グルタミン酸測定キット「ヤマサ」NEO」を使用します。このキットを使用するにあたって、マイクロピペットの操作方法を練習しました。初めて触るマイクロピペットと、「μL(マイクロリットル)」というこれまでに経験のない容量の単位に、少し緊張気味のみなさん。操作の練習も真剣そのものです。

こちらのキットを使用しました!
露久保先生より使い方を詳しく教えてもらいました。
ちょっぴり緊張しながら、真剣に練習です。
先生も真剣!
「片方の手で支えると安定しますよ」のアドバイス。手元のプルプルが止まっていい感じ♪

いよいよ実験開始です!

①試料(だしA1,A2とだしB1,B2)、標準液、精製水をマイクロチューブに10μL分注します

②キットに含まれているR1酵素試薬、R2酵素試薬をそれぞれ各チューブに450μL分注して混和します。

先ほど練習したピペットを使って、慎重に分注します。

③マイクロプレートに各200μLを移します。

マイクロプレートの底は汚さないように、清潔な台の上で操作します。

④20分間静置後、マイクロプレートリーダーで吸光度を測定します。吸光度をもとにして、計算式からグルタミン酸量を算出します。

マイクロプレートの底を触らないように、そっとプレートリーダーにセットします。

実験結果

グルタミン酸量が一番多かったのは、煮だした後の昆布だし(A2)でしたが、味見(官能試験)の結果、旨みを一番感じたのは、煮だした後の合わせだし(B2)でした。

各班のプレートの発色の様子。同じ条件で抽出したサンプルでも、班によっては発色の濃さがバラバラです。しかし、どの班もA2のウェルが一番濃く発色していました。
露久保先生
露久保先生

合わせだしは、昆布と鰹節が全体の1%しかないものの、旨味は昆布だしの7-8倍感じるとされています。

今回の結果から、普段の調理で何気ない一つ一つの操作や手順にも、科学的に裏付けできる深い意味があることを示すことができました。みなさんの今後の調理の幅が広がることと思います。

一つ目の実験「だしに迫る」が終わりました。普段の料理で、「昆布は水に浸して沸騰前に取り出す」「鰹節は沸騰した後、さっと加えてさっと取り出す」と知ってはいるものの、その料理の”コツ”には、科学的にとても深い意味のあることがわかりました。受講生の皆さんはとっても真剣なまなざしで先生の説明を聞き、キラキラとした面持ちで実験に取り組んでいる姿がとても印象的でした。今回の講座を通して、調理だけでなく「調理科学」の面白さに改めて気づくことができたようです。

次回は「カップケーキに迫る」についてレポートします。