2024年3月25日(木)、東洋大学 板倉キャンパスの調理実習室で公開講座が開催されました。埼玉県内の高校生16名が参加し、食品の調理を科学的視点から学びました。
今回の講座のテーマは「だしに迫る」と「カップケーキに迫る」の2つです。
まず、「だしに迫る」では、昆布だしと昆布と鰹節を合わせただしの2種類を調製し、だしに含まれるうま味成分であるグルタミン酸の含有量を測定。その含有量と味わいの関係に注目しながら、だしの奥深い魅力に迫りました。
「カップケーキに迫る」では、卵の起泡性を活用し、泡立て時の砂糖の添加量の違いが気泡の安定性に与える影響をチェック。顕微鏡で気泡を観察し、焼き上がりを比較しながら、そのメカニズムを学びました。
講師紹介
講師は、東洋大学 食環境科学部 食環境科学科 准教授の露久保美夏先生。食品の調理や食育に関する幅広い研究を行っています。2022年度には「米内在性デンプン分解酵素に関する研究」で日本調理科学会奨励賞を受賞するなど、優れた研究業績をあげていらっしゃいます。また、親子向けの食育プログラムの作成や科学実験講座の開催にも取り組み、関連書籍の執筆やテレビ出演などを通じて、食と科学をつなぐ活動に幅広く携わっています。
みなさん、調理はただ食材を加熱するだけではなく、実はさまざまな科学的な変化が起きています。この公開講座では、その変化のメカニズムを科学的な視点から理解しながら、どのような変化が私たちに「おいしい」と感じさせているのかを体感してもらいたいと思います。実験を通じて、調理の奥深さも感じてもらえたら嬉しいです!
実験1:だしに迫る
実験の目的
この実験では、昆布だしと昆布と鰹節を合わせただし(合わせだし)の2種類を調製し、それぞれに含まれるうま味成分「グルタミン酸」の量を測定しました。グルタミン酸量や調味料が、どのように私たちが「おいしい」と感じる感覚に影響を与えるのかを体感しながら理解します。
使用する材料
A 昆布だし:水 600g、昆布 18g、塩 2g、醤油 15mL
B 合わせだし:水 600g、昆布 6g、鰹節 6g、塩 2g、醤油 15mL
今までに昆布からだしをとったことはありますか?その時はどの種類の昆布を使いましたか?
調理科学では、使う食材の種類や産地に興味を持つこともとても大切なんです。実際、それによって結果に違いが出てきますからね。
使用する器具
グルタミン酸測定キット(コスモ・バイオ社 寄贈品:L-グルタミン酸測定キット「ヤマサ」NEO)、マイクロピペット、マイクロチューブ、マイクロプレート、マイクロプレートリーダー
実験の手順
だしの調製
① 2つの鍋に分量の水と昆布をそれぞれ入れ、30分間おく。
② 液体を小さじ1/2程度取り分け、グルタミン酸量の測定用試料(A1、B1)として使用します。各受講生は大さじ1をプラカップに取り分ける。
③ 鍋を火にかけ、弱めの中火でゆっくり温度を上昇させる。この間にA1、B1を味わい、感じたことを記録する。
昆布の抽出液の香りや味を確認したとき、どんな感覚がありましたか?自分が感じたことを、ぜひ周りの人と共有してみましょう。
感じ方は人それぞれです。大切なのは、自分がどう感じたかを大事にすること。他の人の共感を求める必要はありませんが、感じたことを共有することはとても大切です。自分の感覚を大切にしながら、周りの人と積極的に共有してみてください。
④ 沸騰直前に昆布を取り出す。
⑤ 昆布だし(A) は火を止め、重量を測定し、できあがり量が 600g になるように水で調整する。
⑥ 合わせだし(B) は火を止めず、沸騰したら鰹節を加え、30秒加熱後に火を止める。鰹節を濾して取り除き、完成量が 600g になるように調整する。
⑦ 各だしから小さじ1/2程度取り分け、グルタミン酸量の測定用試料(A2、B2)として使用する。A2、B2を味わい、味や香りの違いを記録する。
⑧ 調味料を加えた後の味を確認し、その違いを記録する。
グルタミン酸量の測定
① 試料、標準液、精製水をそれぞれ 10 μL ずつマイクロチューブに分注する。
② R1酵素試薬液を各チューブに 450 μL 加え、混和する。
③ R2酵素試薬液を各チューブに 450 μL 加え、さらに混和する。
④ マイクロプレートに各 200 μL を移し、20分間静置後、吸光度を測定する。
⑤吸光度計の測定結果を基に、以下の計算式でグルタミン酸量を算出する。
グルタミン酸(mg/L)=(試料 – 水)÷(標準 – 水)×250
実験2:カップケーキに迫る
実験の目的
この実験では、卵の起泡性を利用してケーキを膨らませ、砂糖の添加量が気泡の安定性にどのような影響を与えるかを観察します。カップケーキの形状や食感にも影響を与える砂糖の役割に注目し、それぞれの違いを比較しながら、ケーキの仕上がりや食感がどのように変わるかを学びました。
材料を見て、どんな実験条件があるか考えてみましょう。そして、結果を予想してみてください。どんな違いが出るでしょうか?もし違いが出るとしたら、作っている途中や完成後の見た目、色、味、食感など、どこにどんな変化が現れるか考えましょう。それを言葉にしてグループ内で共有してみてください。自由に考えてOKです。これまで得た知識から、『こういう理由でこうなると思う』という根拠が言えそうなら、それも一緒に話し合ってみましょう。
最初に予想を立てておくことで、実験がただの作業ではなくなり、自分の予想がどうだったか、実験の過程でどのように変化していくかを観察する視点が生まれ、楽しさが増します。『何が起こるんだろう?』という視点を持つことで、実験がさらに面白くなるはずです。
使用する器具
ハンドミキサー、顕微鏡、硬度計、色彩計、ノギス
実験の手順
① 卵をハンドミキサーで高速に3分間泡立てる。その後、砂糖を加えて10秒間泡立てる。
② 牛乳とふるった薄力粉を加え、ゴムベラで切るように20回混ぜる。
③ マフィンカップに生地を3等分して入れる。少量の生地をスライドガラスにのせ、カバーガラスをかけて顕微鏡で観察する。
④ オーブンを180℃に予熱し、15分間焼成する。
⑤ 焼き上がったケーキの外観を観察し、ノギスで中心の高さを測定する。硬度計で硬さを測定し、色彩計で色を測定した後、味を評価する。
露久保先生による実験の解説
「だしに迫る」では、昆布だしと合わせだしの2種類を調製しましたね。昆布にはうま味成分であるグルタミン酸が含まれており、これをゆっくり加熱することでグルタミン酸が効率よく抽出されます。今回の実験でも、加熱によってグルタミン酸量が増えたことが測定結果で確認できましたし、実際に味わってみてもだしの味がより強く感じられたと思います。
また、鰹節にはイノシン酸という別のうま味成分が含まれています。このグルタミン酸とイノシン酸が組み合わさることで、「うま味の相乗効果」が生まれ、うま味が一層強く感じられます。昆布だしと合わせだしを味わい比べることで、この効果を実感できたのではないでしょうか。合わせだしは、日本料理でもよく使われるものです。
さらに、だしのうま味に加えて、塩や醤油などの塩味が加わることで、だしのおいしさが一層引き立つこともわかりましたね。
「カップケーキに迫る」では、膨らんだケーキと膨らまなかったケーキができました。でも、膨らまなかったからといって「失敗」ではありません。むしろ、砂糖の量によってケーキの性質がどのように変わるかを知ることができたのは大きな学びです。
今回の実験では、砂糖が少ないと膨らみが抑えられるという結果が出ましたが、それも一つの特徴、つまりそのケーキが持つ「個性」です。この実験を通じて、砂糖の量を調整することで自分好みのケーキを作り、自分でコントロールできることを学んでほしいですね。食材の特性や調理の工夫の大切さを、ただの味の違い以上に感じ取ってもらえたら嬉しいです。
食べ物には見た目、匂い、味、食感などさまざまな個性があります。それを自分の感覚で感じ取ることはもちろん、分析機器を使って客観的に評価する方法があることを今日は学びました。これらの技術は、食品の商品開発などでも役立ちます。こういったことに興味がある方は、商品開発などの職業を考えてみても良いかもしれません。
取材を終えて
参加した受講生たちは、初めて扱う実験器具に最初は少し戸惑いながらも、慎重に使いこなし、積極的に実験に取り組んでいました。
「だしに迫る」では、昆布を水に浸した段階、煮出した後、そして調味料を加えた後の各工程で、味わいの違いを自分の感覚で言語化し、周囲と共有しました。また、成分測定にも挑戦し、味や成分の違いを感覚だけでなく、科学的な視点からも捉えることができました。さらに、2種類のだし食材を組み合わせることで生まれる「うま味の相乗効果」を体感しました。
「カップケーキに迫る」では、各グループが手際よく作業を分担し、2種類のケーキを調製。焼成前の生地を顕微鏡で観察し、焼き上がったケーキについては高さ、硬さ、色を測定し、その後試食して感じた差異について意見を共有しました。
受講生たちは、2つの実験を通じて、食材が調理の過程でどのように変化し、調理条件が仕上がりにどのような影響を与えるかを理解できたようです。出来上がりや味わいの違いに驚き、非常に興味を持って取り組む姿が印象的でした。また、時間が経つにつれてチームワークが生まれ、さらに楽しそうに実験に取り組む様子も見られました。
この公開講座で食品の奥深さや科学の面白さに触れる機会を持てたことは、受講生たちにとって貴重な体験となったことでしょう。これからの学びに今回の経験を生かしてもらえたら嬉しいです!