2023年8月25日 Lab.Firstを公開しました。

前編)YOUはどうして研究者に?―育児が忙しくてもシンプルに研究が好き

サイエンスシグナリングに掲載されたママさん研究者に聞くYouはどうして研究者にLab First

自然体で物腰柔らかな人柄のなかに、医学研究への一途で純粋な思いが垣間見える宮本先生。小学生の子育てに奮闘する傍ら、2022年に『Science Signaling』に筆頭著者として論文が掲載された。ポスドクという立場で出産・育児を経験する難局も乗り越えながら、日々研究に没頭するモチベーションはどこから生まれるのか。宮本先生の“研究人生”から紐解く。

大きな成果を出す先輩方の背中に憧れて

宮本先生が研究職を目指したきっかけを教えてください。

 恐らくきっかけは薬学部の大学3 年生の頃,臨床系ではなく、基礎系の薬理学研究室を志望したことですね。研究の内容自体はラットを使った泥臭いものでしたが、決まった内容を一辺倒に教わる講義形式とは打って変わり、自分が立てた仮説に基づいて未知を既知に変えていける“研究”に楽しさを見出し、身を入れて卒業研究に取り組みました。薬剤師免許は取得したものの、卒業後も同じ研究を続けたいと思い、そのまま修士課程に進学しました。

修了後は,国立小児病院研究所の修士研究員として就職しました。豊富な知識とアイデアで大きな成果をあげる先輩方と出会い、憧れを抱きましたね。そこでますます研究欲に熱を帯びた私は、キャリア形成のためにも急ぎ博士号を取得しなくてはと、わずか1年半で退職を決意しました。ちょうど同じ頃、就職先でお世話になっていた先生が奈良先端科学技術大学院大学に異動される話を耳にし、せっかくなら一緒に研究がしたい!と、思いきって私も神奈川県から奈良県へ転居し、翌年度から同大学の博士課程に進みました。博士課程では細胞生物学、特にシグナリングの研究に没頭しました。こうして、私は“研究人生”を歩み始めることになりました。

現在のような神経科学研究を始められたのはいつですか。

D2 の頃に参加した学会で、トップジャーナルに何本も論文が掲載され高名な貝淵弘三先生(藤田医科大学医科学研究センター)の講演を聴講したことが転機になりました。目を輝かせながら自身の研究の魅力を語る貝淵先生の姿に惹きつけられ、聴講後には「私も貝淵先生のような研究者を目指したい」「同じ神経科学の研究がしたい」と、細胞生物学からあっさりと心変わりしていましたね(笑)。運良くD2で論文の目途がたったこともあり、D3 では研究留学に挑戦できないかと、ダメもとで米国スタンフォード大学の神経科学分野のラボに手紙を出したところ、熱意が伝わったのか留学が叶いました。そこから、徐々に神経科学・神経薬理学に研究テーマをシフトチェンジしていきました。

「好きな研究を、好きなだけ」が職場選びの条件

博士号を取得した後、研究職として企業や大学へ就職するという選択肢もありました。しかし、企業では,自分の興味よりも経営判断や利益に沿った研究テーマになりますし、出産や育児を経験すると研究・開発以外の部署へ異動になるのではないかと不安もありました。また、大学では学生教育に関わる業務が多く、腰を落ち着けて研究できる環境ではないだろうと思い、私は任期付き雇用、いわゆるポスドクとして当研究所に就職を決めました。

その当時,当研究所には博士課程の頃から指導いただいていた山内淳司先生(東京薬科大学生命科学部)が在籍されており、数年前に異動されるまで私の上司として論文の責任著者も務めていただきました。尊敬できる上司や仲間がいることに加え、周囲が出産や育児に対し理解があることも、私が研究職を続けられる大きな要因だと思います。

こうして振り返ると、私は1つの分野に強い関心をもって研究を続けてきたというよりは、研究そのものが好きで憧れの先生の背中を追いかけて研究を続けてきたタイプです。若い頃のフットワークの軽さには自分でも驚きますが、このときの熱意が研究のモチベーションとなり、今の自分を支えています。

トレンドの“全部盛り”論文は、チームプレーが近道

海外の査読付き論文に掲載されるために、押さえておきたいポイントはありますか。

最近のトップジャーナルは、膨大なデータを出し惜しみなく記載した論文がアクセプトされやすい傾向にあります。昔は1つのセルラインを使って一途にシグナリングを深めれば掲載されましたが、今はプライマリーセルも、複数系統のモデルマウスから収集したデータも、RNA-seq などの大規模データも…とキリがありません。つまり、その研究に本当に必要なデータかどうかはさておき、広く深くデータを詰め込んだ“全部盛り”の論文に仕上げるのがトレンドになりました。「(多くのデータのうち)どれかが編集者の目に留まってくれたら」という研究者の思惑も影響していそうですが、こうしたトレンドから、論文作成にかかる経済的・時間的コストは以前よりもさらに増大しています。そのため、さまざまな得意分野や研究機器をもつ仲間を募り、チームを組んで豊富なデータを収集していくことがアクセプトへの近道だと感じます。

また、論文の構成や考察の質も、今まで以上に重要視されるようになりました。より質の高い議論を展開するためにはチームで何度もディスカッションを重ねる必要がありますし、説得力のある英語論文を執筆するうえでも仲間の存在は心強いです。図表の順が違うだけでも論文の印象がガラッと変わるので、編集者を惹きつけるために最初にインパクトのある図を置き、記憶が残るように最後に説得力のある具体的な図を配置するといった工夫も必要です。アブストラクトも、その内容如何によっては本文まで目を通してもらえないので、限られた文字数でどうにか編集者の心を掴むことが求められます。このあたりは科研費の申請書と同じような話ですね(笑)

(後編につづく)